綾麻呂 夏だ!……どこかで山蝉が鳴き始めたではないか?……新しい季節がやって来たのだ。衛門も、お前も、……みんながまたこうしてそろった。……(しみじみとした感懐《かんかい》で)……ああ、これでお前のお母さんさえ生きていらっしゃったら、本当に申し分ないのだがな。
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間――
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文麻呂 お父さん。……僕は今日は何だか死んだお母様の顔までがはっきりと思い出せるような気持がします。……ねえ、お父さん。……お母さまはとても美しい方だったのでしょう?
綾麻呂 (独白のように)まるで天女のような女《ひと》だった。
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文麻呂は、何かはっとしたように父親の横顔を眺め入る。……山蝉の声。再び、衛門夫婦のうたう「瓜作りの唄」が続く。
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[#地から1字上げ]――幕――



底本:「美しい恋の物語〈ちくま文学の森1〉」筑摩書房
   1988(昭和63)年2月29日第1刷発行
   1989(平成元)年2月10日第12刷発行
底本の親本:「現代日本文學大系92 現代名作集(二)」筑摩書房
   1973(昭和48)年3月23日初版発行
初出:「三田文学 四・五月号、六月号、七・八月号、九月号、十・十一月号」
   1946(昭和21)年5月〜10月
入力:桃沢まり
校正:鈴木厚司
2006年12月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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