手にした竹の枝をみて)おや、おや、大変なものをお家《うち》から持って来たんですね。(男女の笑声)まあまあ、それは持っていなさい。持っていた方があなたには似合います。(男女の笑声)
文麻呂 なよたけ!
御行 さあこちらのこの汚《きた》ない恰好《かっこう》をしたのが、あなたの聟君です。
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男女達、腹を抱えて笑う。
[#ここで字下げ終わり]
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なよたけ (やっと文麻呂に気がついて)……文麻呂! (文麻呂の胸にすがりつくと、急に気がゆるんだように、大声を上げて、泣き出す。……)
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男女の哄笑《こうしょう》、再び爆発。
突然、物凄《ものすご》い電光と同時に、天地の揺らぐような雷鳴。……あたりはみるみるうちに暗くなった。烈《はげ》しい豪雨《ごうう》が降り出した。男女の群集、恐怖の声を上げて、消え失せる。二人の外には、大納言だけが仰天《ぎょうてん》したような顔をして、残る。
[#ここで字下げ終わり]
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御行 (空を見上げ、歯の根も合わぬ震《ふる》え声)ああ、こ、これは大変な天気になって来た! あ、あなた方も、さ、早く!……なにをそう呑気《のんき》に抱き合ったりなぞ、しているのです! こ、これはひどい雨だ! さ、さ、あなた方も早く……
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再び、前よりももっと烈しい電光と、続いて雷鳴。大納言は叫び声を上げて消え失せる。
二人は何の物音も感じないかのごとく、驟雨《しゅうう》の中に、寄り添って立っている。……もう一度最も烈しい電光。……雷鳴なし。
やがて、……
烈しい雲脚《くもあし》が次第次第に薄らいで行く。……あたりがだんだんだんだん明るくなって来た。……
長い間、身動きせず、無言のまま寄り添って、二人は立っている。
再び至福の太陽が雲間から、輝き出た!
雨に濡《ぬ》れて、あたりは金色に輝くごとく……
見よ! 大きな虹《にじ》があらわれた!
きらきらと輝く御所車の上つかた、斜めに天空へかかっている。
なよたけは文麻呂の胸に埋《うず》めていた顔を上げる。なよたけの涙も止った。輝かしい、この上もなく輝かしいなよたけの微笑《ほほえ》み。
[#ここで字下げ終わり]
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文麻呂 なよたけ!
なよたけ 文麻呂!
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文麻呂はなよたけの胸をかたく抱《だ》き締《し》めた。
[#ここで字下げ終わり]
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なよたけ (ふと、訝《いぶか》しげに)文麻呂! なぜなの?……なぜ、あたしをそんなにきつく抱き締めるの?
文麻呂 お前が好きだからだよ! 死ぬほど好きだからなんだよ! もっともっと、つぶれるほど強くお前を抱き締めてやりたいんだよ!
なよたけ 待って! (抱擁《ほうよう》から脱《のが》れる)ねえ、文麻呂! 聞えない?……わらべ達があたしを呼んでるんだわ! あたしを見失ったわらべ達が呼んでるんだわ!
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行者達の呼ばい声が玄妙《げんみょう》な鈴の音と共に聞えて来た。右手奥の方から……

吐菩加美《とほかみ》 ほッ 依身多女《えみため》 ほッ
吐菩加美 ほッ 依身多女 ほッ
[#ここで字下げ終わり]

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文麻呂 (耳を澄まし)そうだ! わらべ達の声だ! お前は帰らなくちゃいけない。あの竹林の中に帰らなくちゃいけない。わらべ達がお前を呼んでいる!……なよたけ! 僕は夕方までに、都の家を引き払って、お前の処《ところ》へ行こう。……もう二度と再び都へなんか出て来るもんか! お前と一緒にあの竹林の中で一生暮すんだ! ねえ、なよたけ! もうお前と僕とは一生離れることは出来ないんだよ! そうだろう!
なよたけ (嬉しそうに肯《うなず》く)
文麻呂 (遠く右手奥を指し示し)さあ、お行き! あのわらべ達の声が道しるべだ! あの声の聞える方へどんどん行けばいいんだ! 夕陽の沈む頃、僕もお前の所へ飛んで行くよ! (なよたけの手を放す……)
[#ここから2字下げ]
行者の呼ばい声、突然、ふと聞えなくなる。文麻呂、右手奥へ走ろうとするなよたけを呼びとめて……
[#ここで字下げ終わり]
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文麻呂 (怪訝《けげん》そうに)なよたけ!
なよたけ (立止り)何?
文麻呂 僕には聞えなくなってしまった。何にも聞えなくなってしまった。……お前にはまだ聞えるの?
なよたけ 何が?
文麻呂 あのわらべ達の呼んでいる声……
なよたけ (耳を澄まし[#「耳を澄まし」に傍点])聞えるわ! 聞えるわ! とてもよく聞えるわ!
[#ここから2字下げ]
解放された小鳥のように、なよたけ、右手奥へ消える。……
文麻呂、何やら掴《つか》み難い不安にとらわれたような面持《おももち》で、彼女の去った方向を見送っている。
……突然、虹が消えた。
不意に、左手奥の方から、何やら不吉な幻聴《げんちょう》のごとく、わらべ達の声が聞えた。

だまされた だまされた
あんなあな[#「あんなあな」に傍点]にだまされた
なよ竹は大納言の手先だぞ。

文麻呂は、はっとした面持で、怪訝そうに左手の声の方向にふりかえる。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]――幕――

  第四幕

     第一場

[#ここから2字下げ]
開幕前、「合唱」が低く聞えて来る。

 合唱

白雲の たなびく里の
なよ竹の ささめく里の 天雲の
下なる人は 汝《な》のみかも 天雲の
下なる人は 汝のみかも 人はみな
君に恋うらむ 恋路なれば………
われもまた 日に日《け》に益《まさ》る
行方《ゆくえ》問う心は同じ 恋路なれば………
契《ちぎ》り仮なる一つ世に
踏み分け行くは 恋のみち
踏み分け行くは 恋のみち

静かに幕があがる――
竹模様に縁取られた額縁《がくぶち》舞台。
額縁舞台には緑色の薄紗《ヴェール》が幾重にも垂《た》れ下っている。
その奥の方から、竹を伐《き》る斧《おの》の音が忘我の時を刻むごとく、ひびいている。……
前舞台、左手より旅姿の石ノ上ノ文麻呂が現れる。しばらくは、耳を済ませて立止っているが、斧の音に吸い寄せられるかのように、額縁舞台の方へ歩み寄って行く。音もなく緑色の薄紗が次々に繰り上って行く。
場面は深遠なる竹林の奥。あたりは一面の孟宗竹が無限に林立し、夕陽が竹の緑に反映して、異様に美しい神秘境を醸《かも》し出している。あたりの空気は淀《よど》んだように寂然《せきぜん》としている。中央に小さな空地があり、竹取翁が、後向に坐って、じっとこぐまったまま、無心に竹を伐る斧を振っている。文麻呂は、しばらくは夢でも見ているかのように、翁の後姿を眺めている。…………
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
文麻呂 お爺《じい》さん!
竹取翁 (斧を振う手を、ふと止めて、訝《いぶか》しげに、後向きのまま耳を澄ます)
文麻呂 お爺さん!……ここです。ここですよ、お爺さん!
竹取翁 (そうっと[#「そうっと」に傍点]振りかえって)どなたかな? こんな山奥に……
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(竹取翁は姿も声も全く第二幕と同じ讃岐《さぬき》ノ造麻呂《みやつこまろ》であるが、翁《おきな》の「面」をつけている。話し振りは非常にゆっくりと穏かに)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
文麻呂 僕です。僕ですよ。文麻呂です。……
竹取翁 (合点が行かぬと云うふうに、文麻呂をしげしげと眺め)おう、……旅のお方じゃな? 今時分、またどちらへ?……都へ上《のぼ》ろうとなされるのか、それとも……
文麻呂 僕は都を棄《す》てました! お爺さん! 僕は都を棄てて、なよたけの所へやって来たんです!……もう僕は二度と再び都へなんか帰りはしません。この竹林の中で一生暮すんです。なよたけと一緒に一生暮すんです。……お爺さん! 許して下さるでしょう! 僕はもう自由です。僕は都の人達からは見棄てられてしまった。親しい友達までが僕を裏切ってしまった。だけど、僕にはなよたけがついているんです。僕はなよたけが好きです。死ぬほど好きです。なよたけも僕を愛してくれます。お爺さん! なよたけを僕に下さるでしょうね!
竹取翁 何を云っておられるのかな?……儂《わし》にはどうも貴方《あなた》のおっしゃることがよくのみ込めんのじゃが……
文麻呂 お爺さん! もう、これ以上僕を苦しめないで下さい。僕は道に迷ってしまって、ずいぶん探したんですよ。どこまで行っても、お爺さんの家は見えて来ないんです。どっちを向いても、あたりは一面の竹の林だけなんです。まるで、僕はみんなが申し合せて僕を騙《だま》しているんじゃないかと思ってしまった。……この竹の林までが、何だか僕を目の敵にして苦しめているような……
竹取翁 貴方は一体どなたじゃな?
文麻呂 ? ? ?
竹取翁 貴方は一体どなたなのじゃ?
文麻呂 (何やら不可解な神秘をひめた翁の姿にぎょっとして、その顔をまじまじと凝視《みつ》める)
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深い沈黙――
不吉な幻聴《げんちょう》のごとくわらべ達の声が聞えた。

だまされた だまされた
あんなあな[#「あんなあな」に傍点]にだまされた
なよ竹は大納言の手先だぞ。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
文麻呂 (云い知れぬ不安にとらわれたように)……貴方は、……貴方はなよたけのお父さんではないのですか? あの竹籠《たけかご》作りの讃岐ノ造麻呂ではないのですか?
竹取翁 讃岐ノ造麻呂ですじゃ。儂は讃岐ノ造麻呂ですじゃ……
[#ここから2字下げ]
間――
[#ここで字下げ終わり]
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文麻呂 それじゃ、貴方もあの大納言の手先なんですね? お爺さん、貴方も皆と一緒になって僕を騙そうとしているんですね? なよたけはどこに行ったんです! なよたけはここには帰って来なかったんですか! お爺さん! せめて、それだけでもいいから教えて下さい! なよたけは一体どこにいるんです!
竹取翁 なよたけ?
文麻呂 なよたけです。貴方の美しい娘です。……あなたの美しいなよたけです。
竹取翁 (独白)……儂《わし》の美しい娘……儂のなよたけ……(不意に面を上げると、しげしげと文麻呂を眺め、異様な熱情で)……おう、御存知なのか? 貴方は御存知なのか? 儂の夢を御存知なのか?……貴方はあのなよたけの赫映姫《かぐやひめ》の話を聞きたいとおっしゃるのじゃな? あの昔からのいいつたえを信じて下さると云うのじゃな?
文麻呂 いいつたえ?
竹取翁 この竹の里のいいつたえですじゃ。儂だけが知っているなよたけの赫映姫《かぐやひめ》の語りつたえですじゃ。儂の夢ですじゃ……

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 合唱 (静かに聞え始める)

いつの世の昔語りや、……
いつの世の昔語りや、……
竹取りの翁《おきな》ありけり。
竹取りの翁ありけり。

竹取翁、静かに身を起して、立上る。白銀《しろがね》に輝く手斧を片手に、静かに文麻呂の方へ歩み寄って来る。

いつの世の昔語りや、……
いつの世の昔語りや、……
竹取りの翁ありけり。
竹取りの翁ありけり。
竹や竹 竹山に
    なよ竹を取る なりわいに
    なよ竹を編む なりわいに
さらさらに我名は立てじ、よろずよや
万世《よろずよ》までにや 竹を編む。
これはしも 常春《とこはる》の
これはしも 常春の 伝えの里に
さやけき緑 絶ゆるなし
なよ若竹の 伝えの里に
さやけき緑 絶ゆるなし
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
竹取翁 (文麻呂の真近に来て)儂《わし》はもう世の中にはあの話を信じてくれる人は一人もおらぬと思っておった。なよたけの赫映姫はこのまま誰にも知ら
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