なびかぬ木の下草だと云うもっぱらの噂なのですよ。
男8 (心の動揺を抑え、半ば独白)そう云う女《ひと》なのですか?……ああ、そうだったのですか……(右へ退場)

女6 (右より。気味が悪いと云うふうに)また二三日前に「ふそう雲」が西の空にあらわれたのですって。……せっかくのお祭だと云うのに。本当に嫌なことを聞かされますわ。
女7 ああ、いや。それでも、中務省《なかつかさしょう》の陰陽寮《おんようりょう》から出たお話だとすれば、きっとまた何か悪いことが起るに違いないわ。物忌《ものいみ》を怠《おこた》れば、皐月《さつき》と云う月にはきまってわざわいが現れるのですもの。全く、うかうかとお祭騒ぎもしていられませんわ。
女8 あれも確か去年の葵祭の時だったんじゃございません? ほら、あの大原野の社《やしろ》の斎女《いつきめ》になられるはずの、何とか云われたお年若な娘御が、昼の日中に突然、神隠しに遭《あ》ったじゃありませんか?
女7 そう、そう。私もよく覚えていますわ。
女8 今年も、この分だと、またどなたか今日あたり、神隠しに遭うのではないかしら? おお、こわ。(左へ退場)

女5 (左より)そ
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