……大層|綺麗《きれい》な紙に書いて下さった、と云って、いやもう、とても喜びましてな。(大納言、嬉し気な表情)昨夜《ゆんべ》、あれの部屋に行って、ふと何気なく見ましたところが、お手紙《ふみ》は鶴《つる》に折られて、天井《てんじょう》からぶるさがっておりましたじゃ。
御行 (きわめて情無さそうな表情。しばし当惑《とうわく》)
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なよたけの弾く琴の音。
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御行 (琴の音に気付き)……あの琴は、……あれは、あのひとですね?
造麻呂 へえ………
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琴の音。長い間。
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御行 (もはや耐《た》えかねたような詠嘆調《えいたんちょう》にて)ああ、何と云う妙《たえ》なる楽の音だ。……これが、このあじけない現世《うつしよ》のことなのだろうか?………いいや、これはもう天上の調べだ。私にはあのひとの白魚《しらうお》のようにかぼそい美しい手が眼《ま》のあたりに見えるようだ。あのひとの月のように澄みきった心が隈《くま》なく読める
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