お前はお役所に勤めるのはどうも以前からあまり気がすすまなかったらしいが、いや、それならそれでもいい。お父さんは決して反対はしない。まあ、立派な学者になって、「文章博士《もんじょうはかせ》」の肩書でも貰《もら》ってくれれば、お父さんはそれだけでも大手を振って自慢が出来るからな。そうなれば、お父さんの受けた恥《はじ》も立派に雪《そそ》ぐことが出来るというものだ……しかしね、文麻呂。お前はどうも、この頃清原の息子《むすこ》や小野の息子達と一緒《いっしょ》になって、やれ「和歌」を作ってみたり、「恋物語」を書いてみたりしているらしいけれど、あれだけはお父さんどうしても気に掛ってしかたがないな。第一、外聞《がいぶん》が悪いよ。ああ云うものは当世の情事好《いろごとごの》みのすることで武人の血を引く石ノ上ノ綾麻呂の息子ともあろうものが、あんなものにかぶれるなどと云うことは大体、体裁《ていさい》がよくないからな。ことに学問の道に励《はげ》むものにはああ云うものは何の益もない代物《しろもの》だ。「芸術」と云うものか何と云うものか儂《わし》にはよく分らんが、お父さんに云わせればあんなものは不潔だ。ああ云う「
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