げ]
文麻呂 大丈夫《だいじょうぶ》ですよ、お父さん。まだ大丈夫です。第一、この頃の坊主《ぼうず》達のやることなんて何が当てになるもんですか? 勤行の時間なんて出鱈目《でたらめ》ですよ、お父さん。どこか一ヶ所でいい加減にやり出すと、あっちの寺でもこっちの寺でもみんな思い出したように、ただ無定見《むていけん》に真似《まね》をして鐘を鳴らし始めるだけです。正確の観念なんかこれっぽっちだって持合わせてはいないんですからね。お父さんとの大切な別離の時間が坊主の鐘の音で決められるなんて、そんなことって……僕ぁ、……僕ぁ悲しいな。(鐘の音)……でも、もうそんな時間なのかしら、一体? (間)ねえ、お父さん。もう少しぐらいいいじゃありませんか? これっきり、もう何年も逢えないんだと思うと、やはり僕は名残《なご》り惜しくてしかたがありません。もう少しお話しましょうよ。ねえ、お父さん、もう少し居て下さい。せめて鴉《からす》が鳴くまでならいいでしょう? 鴉なら本当に正確な時間を伝えてくれます。あれは自然そのものですから、全く偽《いつわ》りと云うものを知りません。僕は自然と云うものだけには信頼を置くんです。ね
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