母さんにも死別れて、儂のような無骨《ぶこつ》な父親の手ひとつに育てられて来た。……しかし、もうお前は立派に一人前の男のはずだ。儂がいつ死んでも立派にひとりで生き抜いて行ける一人前の男になっていると思っている。……儂はな、文麻呂。人間の運命と云う奴は、実に不思議なものだと思うのだよ。儂が都からここへ左遷《させん》されると聞いた時には、まるで島流しにでもされるような気になってずいぶん心細い嫌な思いをしたものだが、どうだ、ここへ来てみると、もうあんな不愉快な都へなんぞ二度と足を踏み入れる気がしなくなってしまった。ここへ来て、儂はまるで死場所を得たような気持がするよ。こうして、遥かな東国へ来てみると、あんなごみごみした、愚劣な人間達の寄り集っている狭っくるしい都の中で、なんでまあ、あのように浅間《あさま》しく名声なぞと云うものにこせこせ執着していたのだろうと思ってなあ。まるで、夢のような気がするよ。やれ、位が一つ上ったと云っては鬼《おに》の首をとったように大騒ぎをして喜んでみたり、やれ、大伴の大納言は一生の敵《かたき》だなんぞとむきになって憎んだりしていたあの頃の自分がまるで嘘のように馬鹿馬鹿
前へ
次へ
全202ページ中197ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
加藤 道夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング