して、自分の本をぺらぺらめくる)弱ったな。……柳宗元はちっともやってないんだ。
学生2 (慰《なぐさ》めるように)第一、橘《たちばな》先生がいけないんだよ。……いくらなんでも葵祭の翌日に試験をするなんて、あんまり非常識すぎるよ。
学生1 (絶望的にぺたんと本を閉じ、左へ歩きながら)あゝあ。せっかく、楽しみにしてたのに。……今年の葵祭はおじゃんだ。……家へ帰って、また暗誦だ、暗誦だ。……お社《やしろ》のお神楽《かぐら》も諦《あきら》めた。
学生2 僕あ行くよ。……(左へ退場)

女4 (右より)そういうお噂《うわさ》なんですって。
女5 まあ、……大納言様が?
女4 もっぱらよ。
女5 でも、まあ、奥の方のお可愛想なこと!
女4 それに、今度の御相手は、なんでも、竹籠《たけかご》作りのお爺さんとかの娘で、それもまだ十七、八のとんだ賤《いや》しい田舎娘《いなかむすめ》なんですって!
女5 まあ、呆れ果てた!……ね、どなたからお聞きになったの?
女4 ……さる御方からね。
女5 ねえ、どなたなのよ。
女4 さるやんごとない御方。……ふふ。……それは秘密。
女5 まあ、憎らしい。(左へ退場)

男6 (左より。ひどく教訓的に)一番大切なのは心です。心ばせです。「心こそ心をはかる心なれ心の仇《あだ》は心なりけり」です。分りますか?
青年 (気弱そうである)はあ。……
男6 その次に大切なのは「ざえ」です。「ざえ」かしこく世にすぐれていなければ、問題になりません。「なお才《ざえ》をもととしてこそ、大和魂《やまとだましい》の世に用いらるるかたも強う侍《はべ》らめ」です。分りますか?
青年 はあ………(右へ退場)

男7 (左より。恐々《こわごわ》探りを入れるように)で、あなたの方へは何とか御返事があったのでしょうか?……いや、実を云えば、私も以前に一度歌を送って、ちょっとほのめかしてみたことがあるにはあるんですが、……何だか妙《みょう》な工合《ぐあい》になってしまいましてねえ。……そんなわけで私の方は何と云うこともなくそれっきりになってしまったようなわけなんです。
男8 (白っぱくれて)さあ、返事が来たかどうでしたかな? 何しろ、別にそう気にもかけていないものですから。
男7 あの三鈴と云う女《ひと》はあのようになかなか美しい女ではあるのですが、あれでどうしてどうして、決して風になびかぬ木の下草だと云うもっぱらの噂なのですよ。
男8 (心の動揺を抑え、半ば独白)そう云う女《ひと》なのですか?……ああ、そうだったのですか……(右へ退場)

女6 (右より。気味が悪いと云うふうに)また二三日前に「ふそう雲」が西の空にあらわれたのですって。……せっかくのお祭だと云うのに。本当に嫌なことを聞かされますわ。
女7 ああ、いや。それでも、中務省《なかつかさしょう》の陰陽寮《おんようりょう》から出たお話だとすれば、きっとまた何か悪いことが起るに違いないわ。物忌《ものいみ》を怠《おこた》れば、皐月《さつき》と云う月にはきまってわざわいが現れるのですもの。全く、うかうかとお祭騒ぎもしていられませんわ。
女8 あれも確か去年の葵祭の時だったんじゃございません? ほら、あの大原野の社《やしろ》の斎女《いつきめ》になられるはずの、何とか云われたお年若な娘御が、昼の日中に突然、神隠しに遭《あ》ったじゃありませんか?
女7 そう、そう。私もよく覚えていますわ。
女8 今年も、この分だと、またどなたか今日あたり、神隠しに遭うのではないかしら? おお、こわ。(左へ退場)

女5 (左より)それが、あなた、驚くじゃありませんか。今度の御相手はまだほんの十七、八のとんだ賤《いや》しい田舎娘《いなかむすめ》なんですって!
女9 まああ!
女10[#「10」は縦中横] なんだ、そんなお噂なら、もうとうの昔に知ってるわ。……では、その大納言様の恋路を妨げる若いお方がひとりいらっしゃるってことは御存知?
女9 あら! 恋仇《こいがたき》?……ねえ、教えて。……それは一体、どなた?
女10[#「10」は縦中横] ふふ。……(云わない)
女5 そう勿体《もったい》振《ぶ》らないで、おっしゃい。
女9 ねえ。……おっしゃいよ。
女10[#「10」は縦中横] ……これは秘密よ。どなたにも饒舌《しゃべ》っては駄目よ。(三人、顔を寄せ、右へ退場)

男9 (右より)何かと云っては、物忌《ものいみ》物忌と口先ばかりはやかましく云っているようだが、こう云うものは、元来、いくら口うるさく云ってみたところで、それに心が伴わなければ何にもならない。まあ、我々のつけているこの葵《あおい》の鬘《かずら》や蘰《かずら》にしてもだ、近頃ではまるで形式的になってしまって、みんな、何のことはない、祭りの飾り[#「飾り
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