下げ]
なよたけ、老爺《ろうや》の背後を通って、左手の小路へ出る。わらべ達は嬉しそうになよたけのまわりを取囲《とりかこ》む。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
蝗麻呂 ねえ、どこへ行こうか、なよたけ!
こがねまる また街道の見えるとこがいいや!
なよたけ 今日は遠いところは駄目《だめ》よ。あんまり遠くへ行くと、みんなまた晩御飯を食べそこなってしまうわ。
けらお ちぇッ! つまんねえの!
なよたけ またお前は我儘《わがまま》を云う。……云うこと聞かないんなら、帰ってしまうわよ。
わらべ達 (けらおを除き)いやだ! いやだ!………
なよたけ お前でしょ、けらお。さっきあたしのことをあんなあな[#「あんなあな」に傍点]って云ったのは?
胡蝶 けらおよ!
みのり けらおよ!
けらお (ひとり、不貞腐《ふてくさ》れている)……おらだい。
[#ここから2字下げ]
間――
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
なよたけ 駄目ねえ、お前は。……お前のお家は一番都に近いから、街の子供達が誘いに来ると、すぐ一緒に行ってしまって、一日中帰って来ない。昨日《きのう》もお前また都へ下りて行って、悪い子供達と遊んで来たんでしょ?
けらお 悪い子じゃないやい!
なよたけ 悪い子よ! 都の子供はみんな悪い子よ! みんな悪いあんなあな[#「あんなあな」に傍点]に取《と》っ憑《つ》かれてるのよ。あんな子供達と一緒に遊ぶから、けらおはいつまで経《た》っても本当にいい子になれないんだわ。
けらお (なよたけを無視して)面白いぞイ! みんなも来いや! 賀茂《かも》川の橋の下で石合戦して遊ぶんだ! 勇ましいぞイ! おら敵の大将に石ぶつけて、泣かしちまったんだ。みんな、おらが一番強いって紙の兜《かぶと》をかぶしてくれたイ。おら、大将だ。一番強え大将だ!
こがねまる おい、けらお。……おらもいれてくれるかい?
なよたけ 駄目よ! 都へなんか行っちゃ。……けらおの云うことはみんな嘘《うそ》よ。都へなんか行ったってちっとも面白かないわ。大将なんかになって何が面白いの? 都には悪い友達がたくさんいるのよ。みんな都へなんか行きたくないわねえ? けらおはひとりでお行き!
けらお ちぇッ! なよたけは行ったことがないもんで、あんなこと云うんだ! 都は面白いぞイ! 悪い子なんかいねえぞイ!
なよたけ さあ、みんなまた唄をうたって、遊びに行こう! みんなお唄い!
けらお 何でえ。こんな狭《せま》っくるしい竹藪《たけやぶ》ん中で遊んだって、ちっとも面白かねえや! 都へ行きゃ、綺麗《きれい》な御所車《ごしょぐるま》が一杯通ってるんだぞ! 偉い人はみんな車に乗って御殿に行くんだ! 綺麗《きれい》な着物を着て、みんながお辞儀《じぎ》をするんだ! いいぞイ! 綺麗だぞイ!
なよたけ お唄い!
[#ここから2字下げ]
わらべ達唄をうたい始める。なよたけの後を取巻くようにして、左方へ歩いて行く。けらおは、ひとり、不貞腐《ふてくさ》れて後からついてくる。
(舞台、徐々に移動。あたりは一面竹林になる。遠近《おちこち》に小鳥の声がし始める)

 〔わらべ達の唄〕
なよ竹やぶに 春風は
   さや さや
やよ春の微風《かぜ》 春の微風
   そよ そよ
なよ竹の葉は さあや
   さあや さや
なよ竹やぶに 春の陽は
   ほか ほか
やよ陽《ひ》の光 陽の光
   ほこ ほこ
なよ竹の葉に ほうか
   ほうか ほか
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
こがねまる (突然、地べたにしゃがみこみ)あ! 毛虫だ!
けらお (駆け寄って)やっつけちゃい! やっつけちゃい!
こがねまる (足で踏みつぶす)こん畜生《ちくしょう》ッ!………
なよたけ (険《けわ》しい顔)こがねまる!
こがねまる (びっくりして、顔を上げる)
なよたけ (情無さそうに)お前はもう忘れちまったの?……どうして、そう罪のないものを殺そうとしたりするの? 毛虫がお前に何か悪いことでもしたの? しようのない子ねえ。それじゃ、今までに教えて上げたことがみんな台無しじゃないの。………
けらお つぶれちゃったイ。
こがねまる (後悔《こうかい》して)……もう死んじまった。
[#ここから2字下げ]
皆、無言で毛虫の死骸《しがい》を凝視《みつ》めている、しばらくは粛然《しゅくぜん》たる沈黙。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
なよたけ こがねまる!……お前のしたことをようく考えてごらん。……お前には毛虫の言葉が聞えたの? 「あたしを殺して下さい。」って毛虫がお前にそう云ったの?
こがねまる (うなだれたまま、首
前へ 次へ
全51ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
加藤 道夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング