下げ]
ひびかうは 時の音の
ひびかうは 時の音の
無明に刻む 斧の音……
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
わらべ達の声 (消え入るように、遠く微《かす》かに……)さようなら! 文麻呂! さようなら! 文麻呂!……
[#ここから2字下げ]
緑色の薄紗《ヴェール》が幾重《いくえ》にも垂《た》れ下って行く。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]〔溶暗〕
第二場
[#ここから2字下げ]
寺々の鐘の音
合唱
夕暮の 鐘の常無きひびき音《ね》に
鐘の常無きひびき音に
今ははや、……
いずこの方か 春の陽の
常世《とこよ》の緑 消え失せて
伝えの里は 滅べども
なよ竹のささめく里は
消ゆれども
天雲の下なる人は、汝《な》のみかも
天雲の下なる人は、汝のみかも
人はみな 君に恋うらむ
……恋路なれば。
われもまた 日に日《け》に益《まさ》る
行方《ゆくえ》問う心は同じ 恋路なれば。
契《ちぎ》り仮なる一つ世に
踏み分け行くは 恋のみち
踏み分け行くは 恋のみち
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
なよたけの声 (舞台奥より)文麻呂! 文麻呂!……
[#ここから2字下げ]
薄紗《ヴェール》の幕が再び次々に繰《く》り上って行く。場面は、竹林を出たばかりの所で、小高い丘陵《きゅうりょう》の一端の感じ。遠い丘陵が幾つか連なっているのが夜空に遥かに黒く浮んで見える。――
天空には燦然《さんぜん》と、星々がきらめいて、深遠なる宇宙の絵図が果しもなく拡がっている。
中央に、なよたけが前幕と同じ華麗《かれい》な衣裳を身にまとって、冴え渡った星空を背景にして、立っている。片手にはしっかりと竹の小枝を握ったまま、何か差し迫る眼に見えない大きな力に弱々しく抗している様子である。
その顔は「面」のように作られ、奇妙《きみょう》に清らかな「死相」を感じさせる。天空の彼方《かなた》から吹き来たる風が、衣裳の袂《たもと》や、手にした竹の枝葉をかすかに揺らしている。……
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
文麻呂の声 (右手より)なよたけ! なよたけ!……
なよたけ 文麻呂! ここ! あたしはここよ!
[#ここから2字下げ]
文麻呂舞台右手、竹林の外《はず》れの所に姿をあらわす。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
文麻呂 (信じられぬかのように、言葉もなくしばらく茫然となよたけの姿を打ち眺めて立っている……)
なよたけ 文麻呂! 文麻呂! あたしよ! なよたけよ!
文麻呂 なよたけ!……お前は本当にそこにいるの?……果しもない星の夜空に身をさらして、……信じられない。……お前は僕を騙《だま》そうとするんじゃないだろうね? 近づこうとするとすぐ消えてしまうあの忌々《いまいま》しい幻影《まぼろし》ではないんだろうね?
なよたけ 本当よ! 文麻呂! 本当にあたしはここにいるの!……あたしはこうして立っている。あんたの眼の前にいるの! いつまで見てたっていいわ! あたしはいつまでも消えやしない……
[#ここから2字下げ]
二人、しばらく互に遠くから相見る……
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
文麻呂 (限りない悦《よろこ》びが溢《あふ》れて来る)ああ、夢じゃないんだ。……僕は誰の言葉も信じなかった。ただ、お前だけを信じていた。お前の声だけを信じていた。
なよたけ 文麻呂、……どうしたの? 涙なんか……
文麻呂 なよたけ、お前はそんな処《ところ》から僕の涙が見えるの?……(彼女の傍に走り寄り)なよたけ!……僕はずいぶん苦しい目に遭《あ》った。お前を探して、竹の林の中をあてどもなくさまよい歩いていたんだ。……どこまで行ってもお前の家は見えて来なかった。どっちを向いても一面の竹の林だけなんだ!……僕は夢を見ていた。不吉な夢にうなされていた。いつかしらず、夜が来て、どこからともなくお前の声が聞えて来た。僕を呼んでいるお前の声が聞えて来た。……ああ、あれから一体どこをどう歩いて来たのだろう?……僕はただ、お前の声だけを信じていた。お前の呼び声だけを信じていた。だけど、もういいんだ。何もかも。……お前は僕の前にいる! 夢じゃないんだ!……(自分の旅姿を見せる)なよたけ! 御覧《ごらん》!……僕は都を棄《す》てた。僕はもう二度と再び都へは帰らないんだ。……
なよたけ 文麻呂!……あたしも! あたしも竹の林を棄てたの! お父さんを棄てたの! わらべ達も棄てたの! 竹とあたしの間には、もう何もない。……あたしはたったひとり。……あたしにはもう
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