なびかぬ木の下草だと云うもっぱらの噂なのですよ。
男8 (心の動揺を抑え、半ば独白)そう云う女《ひと》なのですか?……ああ、そうだったのですか……(右へ退場)
女6 (右より。気味が悪いと云うふうに)また二三日前に「ふそう雲」が西の空にあらわれたのですって。……せっかくのお祭だと云うのに。本当に嫌なことを聞かされますわ。
女7 ああ、いや。それでも、中務省《なかつかさしょう》の陰陽寮《おんようりょう》から出たお話だとすれば、きっとまた何か悪いことが起るに違いないわ。物忌《ものいみ》を怠《おこた》れば、皐月《さつき》と云う月にはきまってわざわいが現れるのですもの。全く、うかうかとお祭騒ぎもしていられませんわ。
女8 あれも確か去年の葵祭の時だったんじゃございません? ほら、あの大原野の社《やしろ》の斎女《いつきめ》になられるはずの、何とか云われたお年若な娘御が、昼の日中に突然、神隠しに遭《あ》ったじゃありませんか?
女7 そう、そう。私もよく覚えていますわ。
女8 今年も、この分だと、またどなたか今日あたり、神隠しに遭うのではないかしら? おお、こわ。(左へ退場)
女5 (左より)それが、あなた、驚くじゃありませんか。今度の御相手はまだほんの十七、八のとんだ賤《いや》しい田舎娘《いなかむすめ》なんですって!
女9 まああ!
女10[#「10」は縦中横] なんだ、そんなお噂なら、もうとうの昔に知ってるわ。……では、その大納言様の恋路を妨げる若いお方がひとりいらっしゃるってことは御存知?
女9 あら! 恋仇《こいがたき》?……ねえ、教えて。……それは一体、どなた?
女10[#「10」は縦中横] ふふ。……(云わない)
女5 そう勿体《もったい》振《ぶ》らないで、おっしゃい。
女9 ねえ。……おっしゃいよ。
女10[#「10」は縦中横] ……これは秘密よ。どなたにも饒舌《しゃべ》っては駄目よ。(三人、顔を寄せ、右へ退場)
男9 (右より)何かと云っては、物忌《ものいみ》物忌と口先ばかりはやかましく云っているようだが、こう云うものは、元来、いくら口うるさく云ってみたところで、それに心が伴わなければ何にもならない。まあ、我々のつけているこの葵《あおい》の鬘《かずら》や蘰《かずら》にしてもだ、近頃ではまるで形式的になってしまって、みんな、何のことはない、祭りの飾り[#「飾り
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