行……私です。
造麻呂 (はっとしたように、その忍びのいでたちをした御行の姿を打ち眺める)
御行 (なにやら勝ち誇ったように)……私なのです。……
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琴の音。
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造麻呂 (次第次第に平伏《へいふく》して行く)……それは、それは……ちっとも存じ上げませんでした。……何と云う勿体ないことでござりましょう。大納言様でいらっしゃいましたか?………このような人里離れた下人《しもびと》の賤《しず》が家《や》にしげしげとお通いなさる御方が、よもや大納言様でいらっしゃろうとは、この爺《じい》め、夢にも考えてはおりませなんだ。……どうぞ、これまでの失礼の数々は、平《ひら》に御容赦《ごようしゃ》下されませ。……御容赦下されませ。
御行 いや、何もそんなにかしこまらなくったっていいんですよ、お爺さん。……大納言だからって、何もとって食べるわけじゃあるまいし、……ただ、私のなよたけに対する誠意がお爺さんにも通じてくれれば、こんな嬉《うれ》しいことはありません。
造麻呂 なよたけはしあわせものでございます。さような思いをかけて下さいますだけでもなよたけにとりましては、身に余る光栄でございます。大納言様と聞いて、なよたけもどんなに喜びますることでございましょう。………
御行 お爺さん! なよたけを私に下さりますか?
造麻呂 (信じられぬかのように)……なよたけを?……あんなふつつかな田舎娘《いなかむすめ》を本当にもらって下さるとおっしゃるのですか?
御行 どうして、またそう私の云うことを信じないのです?
造麻呂 (やや躊躇《ちゅうちょ》しつつ)……大納言様……なよたけがどんなに賤《いや》しい娘でも、きっと可愛がってやって下されますか?
御行 お爺さん、私を信じて下さい!
造麻呂 (思いきって)……実を申し上げますれば、……大納言様。……なよたけめは手前の子供ではござりませぬ。実は棄《す》て子《ご》だったのでござります。……
御行 なに? 棄て子?
造麻呂 へえ。……実は、この裏の竹林の中に棄てられて、おぎゃあ、おぎゃあと泣いておりましたのを、手前、亡くなった婆《ばあ》さんと一緒に拾って参ったのが、あれまでに大きくなったのでござります。生憎《あいにく》、手前どもには子供がひとりも恵まれませんでしたので、大
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