な……(なよたけは死んでいる)なよたけ※[#感嘆符二つ、1−8−75]
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文麻呂は呆然として、なよたけの死顔を凝視《みつ》める。……
背後の天空にいつの間にやら大きな満月がぽっかりと浮び上った。白色光の神秘な光芒《こうぼう》があたりに耀《かがよ》いはじめた。……そして、どこからともなく、「雅楽」のような不思議な楽音がかすかに聞えて来る。やがて、文麻呂は魂を失ったもののごとく、茫然として立上る。……彼の手から、なよたけの美しい衣裳の上に竹の枝がはらりと落ちかかった。……「合唱」が低く低く、聞えて来る。
合唱
かくばかり 憂《う》けく辛《から》けく なよ竹の
かくばかり 憂けく辛けく なよ竹の
花も常無き 現《うつ》そ身や
珠《たま》の緒《お》の惜しき盛りに 立つ霧《きり》の
失《う》せぬるごとく 消《け》ぬるごとく
おとめごは いま みまかりぬ
おとめごは いま みまかりぬ
なよたけは今や忘れられたもののごとく、文麻呂の姿のみ神秘な白色光の光芒に包まれて行く。文麻呂は、魔に憑《つ》かれたように、天空の彼方《かなた》を打ち眺める。……
月は白銀に輝く棚雲《たなぐも》の上、異様に冴《さ》え渡って行く。
現し世の 旅にまどいて
甲斐《かい》なくも 散るべきものを
いつの世の契《ちぎ》りなりけむ。
今はただ、彼の岸の光に充《み》ちて
我はなお、君に恋うらむ
みまかりし 君に恋うらむ
恋路なれば
今はただ 彼の岸の 光に充ちて
我はなお、君に恋うらむ
みまかりし 君に恋うらむ
恋路なれば
不可思議な楽音、高調し、白色光の光芒はあたりに異様に充ち溢れて……
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[#地から1字上げ]静かに幕――
第五幕(終幕)
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東国のある丘陵《きゅうりょう》地帯にある石《いそ》ノ上《かみ》ノ綾麻呂《あやまろ》の任地。約二ヶ月後の七月初旬。
幕が上ると、場面は緑の丘陵が遠々と拡がっている、例えば相模《さがみ》ノ国のある風景。
舞台左手は小高い丘。右手にかけて、なだらかな傾斜が続いている。
丘の頂上には、雑木の丸太で作った粗末な掛台がひとつ。石ノ上ノ綾麻呂がその上に腰を掛けて、前方右手の方を遠く放心したように眺めている。雨雲が晴れる前の、何やら落着かぬ雲行である。
丘の向う側
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