るんだ。もっともっと幸福《しあわせ》になることが出来るんだ。
なよたけ あたしには信じられない。……文麻呂、あたしには、そんなこと、とても信じられないわ。
文麻呂 なよたけ、……そうだ、僕達はこれからすぐに旅に出よう! 黙って僕についておいで! 僕達は旅に出るんだ!
なよたけ 旅?……どこへ行くの、文麻呂?
文麻呂 東の国だ。そこにはこの上もない僕達の幸福が待っている。
なよたけ 遠い国?……
文麻呂 (遠く思いを致す)……はるかな旅路だ。……だけどね、なよたけ、そこには僕達の新しい故郷《ふるさと》が待っている。……そこには懐しいお父上が僕達の来るのを待っていて下さるんだよ。
なよたけ 文麻呂!……あんたのお父様?
文麻呂 うん、……そしてお前の優しいお父様だ。……お父上はきっとお前を喜んで迎えて下さるに違いない。きっとお前をこの上もなく可愛がって下さるよ。
なよたけ でも、文麻呂。……あたしの顔を見て。あたしにそんな遠い所まで旅をする元気があるかしら?……ああ、あたしはなぜだかだんだん身も心も疲れきって行くわ。どうしてかしら? 何だかこうして立っていることさえ耐《た》えられないほど苦しいの。……
文麻呂 (不吉な予感を打ち消すように)なよたけ! 何でもないんだ! しっかりおし! お前はただ疲れているんだよ。……ねえ、なよたけ。それじゃ、お前がまた元気な体になるまでどこかで待っていてもいい。ここからそんなに遠くない瓜生《うりゅう》の山里に、衛門《えもん》と云う僕の忠実な爺やが瓜を作りながら暮しているんだ。僕達はこれからそこへ行こう! しばらくその家に厄介《やっかい》になって、お前がすっかり元気になってから改めて東国へ旅立つことにしよう!……ね? いいだろ?……さあ、なよたけ! とにかく、この丘を下りよう! (促すように、舞台奥を指し)あんな広々とした天地が僕達を呼んでるんだ!
なよたけ 待って、文麻呂! あたしは駄目! あたしはやっぱり駄目なんだわ! あたしはこの竹の林の外へ出てはいけなかったんだわ!
文麻呂 (ぎょっとしたようになよたけの蒼白《そうはく》な顔をのぞきこむ……)
なよたけ (空《うつ》けて行くように)……文麻呂!……誰《だれ》かがあたしを呼んでいるの。声のない言葉で、……何かほの白い寒気のするようなものがあたしを呼んでいるの。……文麻呂! あたしには
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