しましょうかな。どうも、花聟の方が揉烏帽子《もみえぼし》にこの恰好《かっこう》ではあまりぱっとしませんが、さあ、文麻呂殿、お立ちなさい。……あなたの恋いに焦《こが》れたなよたけが待っているのですよ。(文麻呂をたすけ起す)
文麻呂 (狐《きつね》につままれたように大納言に手をとられて、立上る)
[#ここから2字下げ]
男女の群集は、得たりとばかり、中央に道を開く。……
大納言に手をひかれて、中央奥、御所車の方へ歩いて行く石ノ上ノ文麻呂。
きらびやかな御所車はまるで「祭壇」のように神秘を孕《はら》んで立っている。
両側の群集は何か素晴らしい見世物《みせもの》を期待するかのように、しーんと静まり返って、この儀式を見物している。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
御行 (御所車の前まで文麻呂を連れて行って)この中にあなたの思い焦れるなよたけの君がいるのです。文麻呂殿。なよたけはあなたのものです。なよたけははじめっからあなたのものだったのですよ。
文麻呂 (茫然《ぼうぜん》として、御所車の前に佇立《ちょりつ》したまま、動かない)
御行 どうしたのです。え? 文麻呂殿。……嬉しくはないのですか?……それとも私の云うことを信じないのですか?
文麻呂 ………
御行 (意地悪そうに笑って)……さて、それでは大納言の信用が丸潰《まるつぶ》れになってしまう。早速なよたけの君にお引合せすることに致しましょうかな?……錦丸《にしきまる》! では、早速|竹簾《たけすだれ》の紐《ひも》を引いて下さい。
侍臣《じしん》 かしこまりました。
[#ここから2字下げ]
御所車の竹簾がするすると上った。その向うになよたけが立っている。……燦《きら》めくばかりの美しい衣裳《いしょう》を身にまとった、生れ変ったように美しいなよたけが立っている。……
片手には青々とした竹笹《たけざさ》の枝を持っている。……文麻呂は言葉も出ず、信じられぬかのように美しいなよたけの姿を仰ぐ。
男女の群集、私語でざわめき始める。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
御行 さあ、なよたけ。……あなたの聟君《むこぎみ》のいらっしゃる所に着いたのですぞ。さあ、下りなさい。(彼女の手をとって、車から下ろそうとする。なよたけは空《うつ》けたように云うがままになる。彼女の
前へ
次へ
全101ページ中65ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
加藤 道夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング