憂鬱な家
小熊秀雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)斑犬《まだらいぬ》の
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)チ※[#小書き片仮名ヱ、428−6]ッ
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)コリ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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この一篇をマルキストに捧ぐ
(一)
屋根の上の物音、禿鷹のやうに横着で、陰気な眼をした、あんまり飛び廻つて羽の擦りきれた鴉の群であつた。
こ奴等は、私の家の上で絶えず仲間同志争つた。
私はジット室の中に閉ぢこもつて、この屋根の上を駈け廻る物音を聞いた。不吉な鳥達が、黒いあしうらで跳ね廻つてゐることを知ると、私はたいへん不快な気持にとらはれた。
そして今度は戸口の物音である。
近所に住んでゐるらしい病気の犬こ奴の姿も私には気に喰はない。
何時も腰を、ズルズル曳きづつて歩く、ちよつと見ては、坐つてゐるのか、立つてゐるのか判らない犬であつた、
この犬が戸口に体を一生懸命にこすりつけて、枯れ草のやうな音をたてるのであつた。
逃げてゆくその斑犬《まだらいぬ》の後姿を見ると、まるで赤ん坊のやうにすつかり毛がぬけてしまつてゐる。
頸や肢は哀れに痩てゐるが、腹だけは何つも大きく瓶のやうにふくらんでゐた。
私の郊外の家を、訪れる物音といつたら、まづこの不吉な鴉と、毛のぬけた犬位なものであつた。
海のやうに展けた雪原には何日も何日も吹雪が続いた、殊にこの吹雪のやんだ翌日の静けさは、実に惨忍に静まり返つた。
私の会社に出勤した後の、このぽつちりと雪の中に建つた私の家の中には、どんなに妻は退屈に留守をしてゐるか。
彼女は、室中に縦横に麻繩を張り廻し、凡太郎のむつき[#「むつき」に傍点]を掛け、どんどんと石炭をストーブにくべて、この黒、白、黄、の斑点のあるしめつた旗を乾かしたり、室中をぐるりぐるり子供を背負つて、どうどう廻りをしたり、また流し元でたつた二つよりない飯茶碗を湯の中でコリ/\コリ/\いはせながら何つまでも撫廻してゐることであらう。
凡太郎は部屋の真中にほうりなげられ、円を描いてくる/\廻りながら、手近なものを、なんでも口
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