に頬ばる、畳の間から藁屑を摘み出して頬張つたり、乾からびた飯粒、石炭の小さい塊やら、新聞紙の切つ端や、蝋燭の屑、など片つ端から口にいれた、そして嚥み下されるものは嚥み、嚥みこめないものは吐き出てゐたが、看視人である母親は、鈍感であるので多くの場合知らなかつた。
たまに母親はこれを発見するが落付いたものであつた。
――凡太郎、なんだい、今口へ入たものは、まあ驚いた、これは炭滓ぢやないの、なんといふ判らない児だらうね、お前は、口に入れることの出来るものは、なんでも喰べられるとでも思つてるのかい。
母親は、まだ歩き出すことも出来ないやうな凡太郎に向つて、威猛高になつてかう叫ぶのであつた。
その頃から凡太郎は、しきりに赤い唇を動かして
――あ、あ、あ、あ、あ、
と意味の通じない、小さな叫びをあげるやうになりだした。
――凡太郎は、そろそろ、ものをいひ出すのでは、ないでせうか。
かういつて母親は、すつかり嬉しがつてゐるのであつた。
(二)
私も、凡太郎の『最初の言葉』といふことに、非常に重大な興味と注意とを感じた。
なにかしら凡太郎が、第一に叫びだす言葉によつて、凡太郎の運命の決まつてしまふやうな、その吉凶を占ふ父親の態度でそれを期待した。
――凡太郎の奴。突然新約全書の一章でも、ベラ/″\しやべりだしたら、俺はどんなに吃驚するだらう。
すると凡太郎の相場は決まつてしまふ。
親不孝の凡太郎
父親が、ゲジ/″\よりも、大嫌ひな赤い帽子を冠つて、楽隊附で神様を売歩く西洋坊主。
救世軍の士官に相場はきまるのだ。
――凡太郎。神様のお先棒にだけはなつて呉れるなよ。
すると急に私の赤ん坊時代。清浄でなければならない第一の言葉が、最初に吐きだされた片言が、なにかしら『泥棒』とか『淫売婦』とか『ごろつき』とか『掏摸』とかいつた風な、世の中でいちばん忌み嫌はれてゐる言葉からでも、始たやうにも考へられ、私はそれを凡太郎に怖れて
『花』『太陽』『蝶々』『お星さま』などと、世の中で精々美しい品々を選んで覚えこませようと努力した。
しかし凡太郎が最初に覚えこんだ言葉はなんであつたか。
それは意外にも、私の郊外の家の二つの訪問者であつたのだ。
――かあ、かあ、かあ、かあ
屋根の上の烏の鳴き声と、それから数日して
――わん、わん、わん、わん
玄関
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