なんて、肉体の美感をだいなしにしてしまふ、お麗さんがきたら、この次から白粉をつけないやうに注意してくれ給へな、
 蘭沢は困つたといふ顔つきをした。
 間もなく女は現れた。
 ――遅くなつてすみませんでした。
 彼女は優しかつた。彼女の顔は果して美しく化粧されてゐた。
 私の思つてゐたやうに、彼女は果して裸体になることを怖れた。
 ――着物を着たまゝで、写生して下さいな。
 ――それは困ります実に困ります。
 私達は声を合し彼女に嘆願した。
 ――ぢや半身だけね、腰から上だけ脱ぎませう。妾《わたし》こんなことはじめてなんですもの。
 ――それは困ります実に困ります。
 私達は声を合し彼女に嘆願した。
 ――では思ひ切つてね、すつかり脱いでしまいませう、最初は後を向かして下さいな、わたし恥づかしいんですもの。
 ――それは困ります実に困ります。
 私達は声を合し彼女に嘆願した。
 彼女はカーテンの蔭で衣服をぬいだ。
 ――それストーブをどん/″\燃やせ。
 蘭沢は、大きな声で誰かに命令した、女が素つ裸で姿態《しな》をつくるのはなか/\難かしいものらしい、お麗さんは滑稽な感じに全身をくねらしてモデル台の上に現れた。
 第一日目は、彼女は裸体となつたが、私達にくるりと尻をむけて後向に立つた。
 私達は、ばり/″\絵筆の音をさせながらお麗さんを描いた。
 私達は何故に、彼女の尻を懸命に描かなければならないか、それは芸術のためであつた。
 彼女自身も何故に、自分の尻を男達に描いて貰はなければならないか、それも芸術のためであつた。
『芸術のために』『芸術のために』『芸術のために』この小さな室は、芸術のために暑苦しくストーブは燃えた。
 第二日目
 彼女はこゝろもち体を横に向けた、彼女が体中に厚く白粉をぬつてきたので人々は抗議した。
 第三日目
 彼女はポーズをより大胆に私達の方にむけることが出来た。
 第四日目
 彼女は三日目よりも、より前方に裸体を向けることができた。
 第五日目
 彼女はまつたく私達の前方に向くことができた。
 反対に男達は、彼女の尻に愛着を感じてゐるかのやうに、彼女の前に廻ることを恐れだし、彼女の背後に、背後にと画架を移動さした。
 私と『アーキペンコ』といふ綽名のある秋辺といふ男とだけが、お麗さんの前方を怖れなかつた。彼等は写実主義の画家であつたし私と秋辺とは未来派の画家であつたからだ。

    (五)

 私と秋辺とが、なぜに彼女の真実なものをこはがらなかつたか。
 私と秋辺とは、未来派の宣言書第九項
『吾れら、世界唯一の衛生なる戦争を、軍国主義を、無政府党の破壊的行動を、人を殺す所のうるはしき観念を、しかして婦人の軽蔑を讃美せんとす』
 といふ未来派の主将マリネッツイの『婦人軽蔑』を信じ、これを彼女に適用したのである。
 どうして私や秋辺が、女たちのもつとも軽蔑すべき箇所をおそれる理由があるだらう。
 私をいつか銭湯でおびやかしたシラコ[#「シラコ」に傍点]の婆さんの様に、私たちの一団のためにまつたくお麗さんも羞恥をうばはれてしまつた。
 女たちが裸をおそれる理由は、お麗さんが全身に濃く白粉をぬつてきてまで、現実的なものを最後まで偽り、掩ひかくさうとする虚栄的な目的にほかならない。
 私と秋辺とは、彼女の前方に、存分に彼女の羞恥をうばひそして最後に馬鹿々々しくなつてきた。
 そしてお麗さんの背後を描き出したころ、始めて羞恥を放り出した男たちが、をそる/\彼女の前方に廻つて描き出した。
 ――秋辺すばらしいものを発見した、婦人にこんな美事にかくれた意志があることを発見したよ。
 ――うむ鋼鉄艦の意志だ。
 秋辺も同感した、不意に女の背中を平手で、ぴしやり、ぴしやりたゝきつけて秋辺は感激しお麗さんを驚かしたのであつた。
 婦人の首筋から背中にかけての感じは、非常にすぐれたものであつた、腕と腕との間隔は広大で、ゆたかな線が盛りあがつてゐた。
 其後私は女たちの最も美しい箇所を、鋼鉄艦の意志をあらはした広い背であることを信じるやうになつた。

    (六)

 研究所は一ヶ月程つゞいた。それきりお麗さんはばつたり来なくなつた。
 それはお麗さんに、画家たちがモデル代を支払はなかつたからであつた。
 研究所は閉鎖しなければならなかつた。その後蘭沢の口から、私の『最後まで疑問にしてゐたこと』お麗さんが少しも裸体をおそれなかつた理由を聞きだすことができた。
 私は最初からの思惑通り彼女が芸術の理解者ではなくて、お麗さんの家は非常に貧困で、彼女が芸術のためにの口実に、両親や、姉妹のために米代をかせぐべくモデルとなつたことが判つた。
 勿論親たちが彼女の裸になつてゐることは知らなかつた。
 研究生がさつぱりあつまらず、それにな
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