した触感の女の声がした。
――垢も無いやろ、ざつとでいゝぞえ。
湯気の中の今度は男の低い声だ。
男湯に、はいり込んできた女はまさしく牛の化物であつた。
斑点のある生物《いきもの》であつた。
実に痩こけた老婆であつたが、その皮膚は瀬戸物のやうに、真白に光沢があつた。
俗にシラコ[#「シラコ」に傍点]といふ不気味な皮膚をしてゐた。
二人の痩た老人夫婦は、おたがいの膚に触れあつて、たがひの背中を流し合つてゐる様子が、いまにも崩れ折れさうな枯れ木が、押あつてゐるやうであつた。
婆さんは臆面もなく素裸であちこち歩き廻つた。
――ちよつと、御免なされや。
かういつて、婆さんは俺の背中に、その人間離れをした白い皮膚の股《もゝ》を触れたりして、平気で湯を汲んだのであつた。
歳をとると、羞恥心などは遠くに置き忘れてしまふのだ、私はしんみり考へながら慌てゝ湯槽に飛込んだ。
老人の裸体ほど醜怪なものはない、下腹の皮が、唇のやうに垂れ下がつて、歩く度にぶら/″\と揺れた。
それにくらべて、お麗さんの体はどんなであつたらう。
モデル台の上に立《たつ》てはにかんだ彼女は。
皮膚は張切つてゐて、筋肉はどこもこゝも今にも叫びさうに身構へてゐたのであつた。
小さな街の画家連は急に裸婦を描きたくなつたのだ。
冬は青いものがみんな雪の下に隠れてしまふので、情熱家達はその憂鬱な感情の捨場に苦るしんだ。
――研究会を開かう、モデル女をみつけようぢやないか。
気の早い日本画家の蘭沢は、すぐ飛び出て、そして何処からかお麗さんを発見できた。
(三)
私達はアトリヱを探し求めた。
何よりも光線の充分に室内に射しこむ家、そして彼女の肉体を、自由な距離から描くことの出来るやうな、大きな部屋を探し廻つた。
そして室内は余り大きくなかつたが、明るい一室を、或る風呂屋の二階にみつけた。
芸術家などゝいふものは、降神術の中の人物のやうなものだ、そのやることが人間離れがしてゐて動作に特色がある。
一人の素裸の女を、数人の男達が取囲んで狂人眼《きちがいめ》をして彼女の肉体の各部分を、細大洩らさず絵に描きあげようなどゝいふ計画は、この画家仲間を離れては到底思ひももうけぬ欲望であるのだ。
彼女の体を描くさまは烏が餌を突きまはすやうな現実的なものだらう。
室は好都合にも総硝
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