桃太郎が桃から生れたので
 ――坊も桃から生れたんだろ。
 とは答へなかつた。
 ――母ちやんの臍から産まれたんだ。
 小さい私は一言にかう答へて突放した。
 大人達は、私の口から満足な答を得られなかつたので、不服さうな顔をした。
 私はその当時、そんな問題に何の興味もなかつたのであつた。
 その問題よりも、
 ――どうしたらコマが長く廻つてゐることができるだらう。
 ――戦争ごつこの策戦。
 ――隠れん坊の誰も気づかない隠れ場所。
 かうしたことで小さな頭の中がいつぱいになつてゐた。
 私の答弁は、確に不満であつたらしい、しかし、子供達の答として上できとほめてやらねばなるまい。
 それに子供達は、妹や弟が生れる時にかぎつて、必ず追ひ出すやうに遊びにやられる。遊びからかへつて見ると、母親は、沢山積みかさねた布団の上に、鉢巻をしておきあがつてゐて、赤ん坊がやかましく綿にくるまつてないてゐた。
 だから、何処から生れるとたづねる方が無理であつたのだ、

    (二)

 彼女達が、何故に裸を怖れるかといふことを、知りたいものがあつたなら子供達に質ねた方がいゝ、子供達はきつと真実に近いことをしやべるであらう。
 ところが女達が裸を怖れなくなつたらどうだらう、けつして愉快なことではない。
 或る日、私は裸を怖れないものに脅かされた。
 私は朝湯の陽炎《かげろふ》のやうに立ちあがる湯気の中に、うつとりした気持で、ごし/″\手足を洗つてゐた。
 高い天井の彩色硝子に、たちのぼる湯気が凝つて、その玉が行列をつくつてゐた。
 玉はひとつづゝ間隔をゝき、ぽたり、/\落てきた。
 その落てくる冷たさを、額やら背やらでうけた。
 女湯は寂として、たつた一人の女が、ぴちや、/\、板の上を歩き廻る気配がした。
 私は足音に耳を傾けてゐた。すると不意に男湯の潜り戸があき、男湯に体の純白な女が、獣よりも身軽に躍り込んで来た。
『あつ』と驚いて、仰向いた私の体の上に、彼女の裸体が掩ひかぶさつてきた。
 ――しまつた。牛の化物に殺られた。
 瞬間、私はごつくりと、唾を嚥みこんで手近なところにあつた石鹸箱に手を掛けた。投つけようと思つたのであつた。
 ところが女は私を押倒したのではなく、飛越えて湯槽の向ふに行つたのだ。
 ――爺さん、流しませうか、こつち背中向けなされ。
 湯気の中から、ざら/″\と
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