子になつてゐた。その硝子に紙張りをして芸術家以外の出歯亀が、外から覗かれないやうにした。
室には二箇所に、ストーブを据つけ、煙筒も燃えてしまふほど石炭をしつきりなしに投《はう》り込んだ。
室の一隅に桃色のカーテンを長く垂れて彼女がその中で衣服を脱いで現れてくるやうに設備をした。
お麗さんは素人娘であつた。
彼女は処女であると、蘭沢を始め、仲間は力説した。
画家達は、彼女がまだ着物を脱ぎもしないうちから、もうすでに感激し興奮してゐた。
――芸術のために、我々の芸術のために彼女が裸体になつてくれるのだ。
なんといふ彼女は大きな理解をもつてゐるのだらう。
新らしい油絵具も買つてきた。
新らしく画布も張つた。
すべての準備はとゝのつた。画家達は、お麗さんの麗しい姿を、感謝の心で迎へるばかりとなつた。
第一日目の日。
彼女が最初のモデル台に立つ日。
私の仲間が九人、研究室のストーブを破れる程に、石炭を燻べて室を温め、画架を林のやうに立て彼女の出来《しゆつらい》を待つてゐた。
彼女はなか/\研究室に姿を見せなかつた。
――女は怖気がついたのさ。
私がかういふと、仲間の一人は打消した。
――私は信じよう、お麗さんは芸術の理解者なんだ、待ちぼうけを喰はすやうなことはないよ。
すると又一人がその尾について
――大丈夫来て呉れるよ。わざわざこの室まで借りて準備をすつかりしたことを知つてゐるんだし、あれほど堅い約束もあるから。
しかし約束の時間から三十分も経つたが彼女の姿が見えなかつた。
――それ見ろ、お麗さん逃亡さ。
私は冷やゝかに一同を嘲笑した。
仲間は、不安な気持でがや/″\と話しながら彼女を待つてゐた。
――おい諸君。お麗さんは風呂に入つてゐたよ。
頓狂を声をあげて、蘭沢が飛込んできた。
仲間は小さな歓声をあげた。
私はぎくりとした。彼女がそれほどに、芸術を愛してゐるとは信じてゐなかつたのに幸彼女が現れたからであつた。
私はしかしお麗さんがモデル台に立つまではどうしても信ずることができなかつた。
(四)
お麗さんは私達を一時間もまたした。
蘭沢が女湯を覗きに行つてみると、お麗さんが姿見の前で両肌をぬいで白粉をぬつてゐたといふ。
――困つたことが出来たよ。念入りに厚く塗つてゐるんではないか。モデルが白粉をぬる
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