ぶら/″\さげてとまりしきりにあちこち見まはしてゐたからだ。
 ――あんなものを、足に着けてゐては窮屈だらうな。
 私もかういつて妻と声を合せその雀の様子がおかしいといつて笑つた。不意に私達の暮しの背後から、又は横合からでも、思ひがけない処から思ひがけない物が、飛び出してくると、必ず私達の生活が晴《はれ》々と、あかるくなるに違ひないことを私は確信した。私はこれを私達の『奇蹟』と名づけた。
 ぼんやりと、その奇蹟を待ちうける気持ちは、私達夫婦にとつては、ずいぶん久しいものであつた。だがその霧のやうな捕へどころのないものは、大股に、また小きざみに、私達の知らぬ間に住まゐの傍を通りすぎてゐるかのやうに思はれた。

    (四)

 隣家の妻君が朝飯の最中純白な西洋皿に、体裁よくならべた泥鰌の蒲焼を盛つたものを手にして裏口に現れた。
 ――奥様、今朝は面白うございましたよ。
 かういつて、隣家の妻君はその皿を意味ありげに差し出すのであつた。
 ――まあ、おいしさうな、これは御馳走さまです、始終いろ/\戴いてばかりをりまして。今朝なにか御座いましたのですか。
 ――それが騒ぎなんですよ。前の溝
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