▼見給へ、有馬賞の設定も、これを設けた有馬氏が政治的人物であればあるほど、氏が一夜の政変によつて、内閣から去つたことに依つて『有馬賞』なるものの本質また一夜にして変化したのである。従つて農民文学懇話会員作家諸君は、一般的意味に於ける農民小説を書くよりも、近く産組中央会々頭に就任すると噂される有馬氏のために産組小説を執筆する機縁を今後恵まれるだらう。
 ▼政治家の個人的な意志などは、政治のメカニズムの中で働すことが如何に微弱で頼りないかを政治家自身がよく御存知なのに、それを取巻く作家が、何かさういふものに頼らうとする、政治家にとつて最大の幻滅は『政変』だが、近来の作家の中には政変から政変の間をさまよふ陣笠的作家の現れるのも、これまた文壇の一つの幻滅悲哀であらう。


翻訳界の危機
 原物歪曲の懺悔多し

 ▼翻訳家の良心を、近頃いちばん感じさせた文章は、中公作年十二月号の土井虎賀寿氏の『翻訳論覚書』だらう。この文章を読んで感じられることは、翻訳の世界にも、相当に心理主義、懐疑主義の影が濃くはいりこんできたといふことである。
 ▼原書を読めなくて、翻訳にだけ頼つてゐる読書人達が、もしこ
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