あつたかといふことに思ひ到るときは、それは驚嘆に値する。活動的な作家なのである。然もその活動ぶりは華々しいそれといふより、かなりに粘液的なそれである。その持続力のながさ、テンポの平調さで、他の作家に比類をみないほどの着実な歩調なのである。図柄そのものは、人格論で片附けるにはもつてこいの、穏和な作品をかきつづけてきてゐる。しかし武者絵に於いては、その作風の軟弱さ、その柔弱さが目につくほどの、近来個性的作風となつてきてゐる。それに対して作者は抗していかなければならないだらう。作者の芸術的良心の性質は、あの弱々しい武士の鎧の下に隠されてゐる。契月氏の強いヒューマニズムにあり、吾人はそれを支持する必要があらう。
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金島桂華論
厳密な意味に言つて、作家の作品だけの本質を論ずることは、一応まとまりがつき易い、しかしその作家の「人気」の本質を論ずるといふことは、なかなか難事業である。批評の場合、その作家に依つてさうした困難とぶつつかる場合がある。奥村土牛氏とか徳岡神泉氏とか、いまこゝに論じようとする金島桂華氏などは、何れもその「人気」の本質に就いての難かしさを具備した作家だといふことができよう。奥村土牛氏の作品が、八千円しようが一万円しようがそのことは少しも驚ろくに足りない。しかしさればといつてこの思ひ切つた価値の良さが、全く問題にならないといふ意味ではない。もし人気が土牛氏の作品をそれほどに価格的に高めてゐるとすればその人気の問題も解明してをく必要があらう。それと同じやうに金島桂華氏の作品が六千円したといふ噂も、これまたこゝでは多少その人気の良さと価格とを接触させて論じてをくことも無意味ではないであらう。何故さうした人気と価格とを生じたか、「何、それはそれほどの金を出して買ふ人間がゐるといふことだけだ――」といつてしまへばそれまでの話である。
しかし世の中はさうも単純でもないやうである。世間では、土牛にせよ、桂華にせよ、その価格維持の一理由の中に、寡作であるからだともいはれてゐるが、殊に土牛の場合は、寡作な上に、絵の出来がなかなかおそいといふ理由も数へられてゐる。しかし、土牛の場合には現在ではその理由は当つてゐない。曾つてはさういふ時代もあつたに違ひない。しかし画家の描く作品を、経済的機構の中の、一つの商品と観察して考へてみた場合に、全くの寡作主義者で市価が上り、人気が上つた作者があつたためしがない。あつたとしてもそれは特殊の場合であらう。商品としての作品はその市価をある動きのない状態にをくといふことだけでも、ある数量が必要とされるだらう。つまり同一作家の作品でも、庫から出したり引つこめたり絶えずしてをくだけの数が描かれてゐなければ、市価も人気も出るものではないだらう。奥村土牛氏の場合にも、展観の出品遅参組の随一ではあるが、とにかくかなり作品を間に合せてゐるし、遅筆寡作とはいへない。むしろ現在のところその製作スピードは緩急よろしきを得てゐる。
そして金島桂華氏の場合はどうか、氏の場合には土牛氏以上に商品的数量を産出する力はもつてゐるし、また金島氏の過去の仕事の系統をみても、さうした実力をもつてゐる。それを作家の芸術的立場に立つて批判すれば製作能力の旺盛なものがあるのである。しかし土牛、桂華、神泉といつた作家が沢山展観物も所謂単なる商品的なものも産出してゐるに拘はらず、現象的にはさうは見えない。世間的には寡作者のやうに見える。その点に一つの問題点も隠れてゐる。
こないだ開かれた土牛、桂華二人展ほど、私の興味をひいたものがない、誰がどうしてこの二人を組み合したのか、それはあまりにぴつたりとした組み合せであり、また皮肉な組み合せのやうな感想も湧いたのである。土牛はその年来の画業に近来いよいよ滋味を加へてきてゐるが、一言で言へば、土牛は嫌々絵を描いてゐるのである、一個の柿を描くときその外劃線を引くときの心理的気倦るさ、これまで土牛は注文に応じて、何個の柿を描いてきたかは知らないが、果実店の三軒やそこらは開業できるほど、柿や其他の果実類の数量を描いてきたであらう。そしていまこゝへ来てたつた数個の果実を描いて八千円もの市価を産むところまで、職業的にもあきるほどに果実を突つき描いてきたであらう。そして柿を描くのにも。矢のやうな催促の中で、嫌々引いた幾本から線の交錯によつて、絵がやつとの思ひで注文者に間に合つたり、合はなかつたりする。しかし画業の難かしさまた真個《ほんと》うの意味での妙味は、実はさうした嫌々に線を引くところまできて始めて、仕事の出発があるともいへよう。
土牛はその線を嫌々引けば引くほど、その線が光彩あるものとして、また深い人間的味がその線に滲み出るのである。ところで桂華の場合はどうか。彼は土牛、桂華二人展でもよく対照されるやうに桂華の絵はその土牛とはちがつて娑婆気の加はつてゐるところに彼の作品の良さといふより問題点が展開されてゐる。土牛は嫌々だが、桂華はまだ仕事を楽しんでゐるし、ここに試みの多くをその作品に加へてゐる。桂華ほどの画壇的な地歩にあるものが、いまさらむき出しに技法上の試みを加へる必要があらうか、彼はいまでは画学生ではない。しかし、彼の心の中には画学生的な正直な部分がある。こないだの土牛、桂華二人展は、老画生土牛と、画学生桂華とのおそろしくくそ真面目な展覧会なのである。たゞこゝで問題なのは、この二人にはある共通的な通俗性があることである。この通俗的な部分が市価を招く、そしてこの二人のもつとも通俗的でない良心的な部分が市価を引き下ろさない――といふことになつてゐる。通俗的な部分は世俗的な智慧の働き場所であり、非通俗的な部分つまり芸術的な部分は反世俗的な智慧の働き場所である。そこでこの二人の智慧は非常に良く働き世俗的にも、非世俗的にも、完成されたものをもつた作家達である。この二人に特別な人気がある理由は、期してか期せずしてかこの二人がふたつの智慧に恵まれてゐるからである。
土牛や桂華の描くものは、神品といはれて殆んど無条件的に佳さを認められてゐる。この二人の場合の「人気」はその作品の中に含まれてゐる通俗性であり、「神品」なる理由は作品の芸術性にある。そして世間では往々にして土牛にせよ、桂華にせよ、これらの作者の二つの智慧の一面、半面だけを見て感想を述べてゐる場合が多い。絵に理解の浅い一般人は、その作品の通俗性の部分に感じ入り、そして専門家の画家は、その通俗性を発見せずに裏側から、芸術性をのみ認めて、これらの作家の仕事を肯定してゐる。
そしてその何れの批評の仕方も正しくない。土牛や桂華の作品を見る場合には、画面に現はれてゐる、この作家たちの二つの智慧を綜合的に見る必要がある。通俗人をも感心させ、芸術人をも感心させるといふことに就いてもうすこし考へてみる必要がある、それでは土牛や桂華が、自分自身でその「通俗性」を計画し、意図してゐるかどうかといふことになると、私は否と答へたい。この二人が「通俗性」を出すことを、絶えず心の中に計画して、これまで来るといふことは不可能事だからである。またこの二人がさうした意味の通俗人であつたなら、現在の人気の維持はでき得ない。とつくに没落してゐる筈である。
この二人は何れも、通俗性を出さうとするどころか、ひたむきな一生懸命なところがある。敢て土牛を老画生とし、桂華を画学生としたのはさうした画業精励のひたむきさを評して言つたのである。そしてこの二人は懸命になればなるほど画に通俗性がでゝくるのである。これは何もこの二人の罪ではないのであつて、この二人の辿つてゐる芸術の方法上から来たものといふべきである。
土牛と桂華とを組み合して、斯うして論じてゐるのは、この二人は最も対立的な立場にある人に拘はらず、画風といひ、方法といひ、この対蹠的な状態であるのに帰するところが同一なものがある。同一の悩みを、異つた方法で悩んでゐるといふ。良い見本のやうなものである土牛が何故製作の方法上の帰結として「通俗性」に立たせるか、それは土牛の絵の「単純化」の方法が辿る路筋なのである。土牛は形式を益々単純にしていつて、そこに内容的深さを盛らうとしてゐる。この形式の単純化が企てられるとき、観賞者にとつては、彼に益々判り易い絵をみせられるといふことになる。形式の単純化が横拡がりに、観賞者数を殖やしてゆく、はては土牛の絵は判り易いといふ意味で、猫も杓子も、何かしら一感想を述べる自由を与へられる。観賞者としては、そんな楽しいことはないのである。自分のもつてゐる批評が正しい、不正はこゝでは問題ではない。批評ができ、感想が述べられるといふことが、見るものにとつてはこれ以上の楽しみはないのである。三尺以上に接近したら引つぱたくぞ――といつた、近寄りがたい、もたせつぷりたつぷりの作品がまことに多いとき、土牛の単純化の作品は「奥様――土牛さんの柿を拝見してきましたが、たいへんよく熟れてをりましたよ――」と女中が感想を述べる自由も保有されてゐるのである。
桂華の場合はどうか、それは土牛とは反対にその作品の方法は、写実的意図を辿るところの通俗的なもの――単純化は、具体化と同一であり、また写実的方法は、一つの具体的方法なのである。俗に「絵が親切に描けてゐる――」といはれるのは、「具体的な説明」を作者が施すことに熱心なことが、観賞者に向つての親切さといふことになるのである。桂華の絵画勉強は、その写実的意図を何時の場合にも失はぬため、その制作の方法が何時も具体的で、一般に判り易い。さうした方法上の具体的形式が、こゝでもまた横拡がりに多数の観賞者を収容する。さうした一般性、通俗性は、これを理論嫌ひな日本画壇ではこれを理論化さず[#「理論化さず」はママ]、世間でいひ古されてゐる。一般性、通俗性といつた風にあつさり片づけたいであらうが、さうはいかない。土牛や桂華の作品がもつ、一般性や通俗性とは、全く理論的なものであり、また理論化されなければならないものである。芸術の究極目的は、作者が作画上でヱゴイストになることではない。むしろ自己の高度な芸術品をも、なほ世俗的な一般的な、通俗的な人々の、批評にも充分我慢のできる、つまり広範囲の批評に堪へ得るといふところにある。
殊に桂華の場合は、その画の傾向や、これまでの足取りといふものを調べてみればすぐわかるが、現在の写実主義者は、その昔はどういふ傾向の絵を描いてゐたかといふことを考へてみたらいゝ、いま桂華の写実的方法が伴ふところの「通俗性」が取り上げられてゐるが、桂華のその昔の作品はおよそ「通俗性」とは縁遠い画風のもちぬしであつたのである。
現在に於いては桂華は象徴主義者であつたのである。そして現在写実主義者になつたといふことは、この間にこの作者の人知れぬ悩みがあつたであらう。彼はまだ現在完全な写実主義者になりきつてゐない。自分のもつてゐる写実的方法での弱点を、象徴的方法で補足してゐる。或る人は桂華の作風を「新自然主義」と呼んだがそれも一理がある。「新古典主義」でもよからう、しかし「新」といふ冠詞の附し方は桂華の場合適当でないだらう。「新」などを附さない、単なる「写実主義者」だと評した方が桂華の現在の現実的計画に対して適当な言ひ方だと思はれる。
「春の雨」といふ作品が桂華にある。鶴に柳の雨といふ図柄で、この作品をある人が斯う評してゐた。「見る人の悉くが感じたことは、あの羽虫を捜す頸のうねりが、写生としては如何にもさもありなんとは見受けられるが、所謂鶴首としての概念とされてる、すつきりした感じを砕くと、見る目に憾みを残さした事だ――」と批評されてゐる。この絵は成程鶴の首の曲げ方にぎこちないものがある。しかしこの批評家は「写生としては如何にもさもありなんが――」と前置きして、鶴首としての概念としてのスッキリとしたところがないと桂華を批難してゐる。桂華の写実的態度を一応認めながら、それでゐてその絵が鶴の首のこれまでの概念とは遠いからよくないと
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