し松園氏の作品がこの人の言ふやうに浮世絵の行き方を京都の上品な趣味で翻訳したのが事実だとすれば、上村松園といふ画家は単なる一地方画家といふことにならう。松園氏に限らず、もし京都在住の作家に向つて同じことを言つた場合には、京都在住作家の不満を買ふにちがひない。その作家の住む環境は、その画風の上に影響のあることは認めることができる。しかしその画風の本質まで、環境第一主義の作家であればその作家は大粒の作家とはいへない。小粒の作家といふべきだらう。もつと超地方的な一般的真実に接近するといふ態度は、彼が如何に地方的雰囲気を身につけてゐる作家である場合にも採るべき態度である。
 多少余談に亘るが筆者が福田豊四郎氏と語つたとき、氏は東北出身で、題材も初めの頃が郷里のものを多く扱つてゐたゝめに、世間では自分を、地方作家といふ貼り紙をつけて困つた。それで世間のさういふ概念をひつくり返すのには、自分は五年もそれ以上もかゝつて苦心したといつてゐたが、その場合の福田氏の苦衷はよく判るのである。画題を中央よりも地方により求めるといふだけで、心ない世間ではその作家に作品の価値でなく、題材の出所から、地方的作家と勝
前へ 次へ
全419ページ中88ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング