、土牛氏の絵が千古に通ずる高貴な精神の現れた作品であるといふのが真当《ほんと》うだとすれば、その作品の良さは決して今に始まつたことではなかつたであらう、世間でも、また画家仲間でも「奥村土牛はもとから絵がうまかつた」といつてゐる人も多い、もとからうまかつた土牛氏がどうして、現在まで画壇の表面に現はれなかつたのか? 五十の声がかゝつて始めて問題にされるといふことは、この作家を不遇と呼んでいゝか、幸運と呼んでいゝか、或る人は土牛氏はその仕事の精進から見ても、現在の人気は当然酬ひられたものだといひ、或る人はいや土牛は現在は胴上げをされてゐるので、酬はれ方が四五年早かつた、彼は酬はれ方が遅ければ、遅いほど良い仕事をする性質の作家だと評してゐる、もう一つの評者は、奥村土牛の画壇的登場は今が一番の汐時であつて、今をはずしては他日にはないといふ見方をしてゐる人もある。
最後の評者の意見と関連したものでは「画商の情けによつて、こゝらで大家にしておかう――」といふ雰囲気が、彼を一躍市場価値あるものにしたといふ評がもつとも問題なのである。
この批評は一見作家に対して侮辱的な感じを与へるが、決してさう許り
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