いふことも吟味してみなければならない。
作家は味方をもつてゐれば、敵ももつてゐるものであるが、土牛氏に関しては、非常に氏は製作に遅筆であつて、なかなか出来上りがおそい、絵の催促に十回通はされたとか、二十回通はされたとかいふ、恨み言を聞いた以外に、土牛は恨まれる何ものももつてゐないやうである。敵はもつてゐないやうである、だがこゝに或る人が私に向つて不思議な土牛評をしたので、思はず私がハッとしたのである。
それは斯ういつたのである奥村土牛が急に現在の位置を占め、頭角を顕はしたことに対して「土牛は画商の情けで大家になつたのだ」といつた言葉である。私は個人的にも、また批評家的立場からも、この一言は聞き捨てのならない言葉なのである。
一方では土牛の絵に対して「そのお仕事に就いては腹の芸であり、取材から言つても、構成から言つても純粋に絵画的です、千古に通ずる高貴な精神は、やがて昭和の名画として、後世に真理の様に輝くでせう」(森白甫氏の土牛評)と言つてゐるかと思ふと、一方では「奥村土牛の画壇的擡頭は画商の情けである――」といふ批評がある、この間には何か矛盾があるやうである、森白甫氏の評のやうに
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