氏は世間的には新鮮さを失つてゐるのである、しかし伊東氏の作品と人間とは、画壇生活の長さとは今では何の関係もない、伊東深水氏は大家にちがひないが、百二十歳ではないのである。伊東氏は四十歳をちよつと出た許りなのである、氏の実力を云々し、将来への期待を抱く人があつたなら、深水氏の年齢的な若さを問題にし、そのことに関心をとどめるべきだと思ふ。また伊東深水氏の画業の上では真個うの意味の野心はこれまでではなく今後に於て果たされるであらう。
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奥村土牛論
俗にそれを世間では七不思議などと呼んでゐるが「美術界」にも七つ位は不思議なことがありさうである、第一に美術批評家なる存在もその不思議の一つであらう、それは世の美術雑誌は、批評家にろくな原稿料を仕払つてゐないし、それ許りではなくタダ書かしてゐる向が多い、それだのに批評家は餓死もしないで立派に生きてゐるといふことなども不思議の一つであらう。生活の資どころか、生命の資を原稿の正統な報酬で得られなくても、文章の上や対人関係で一人前に絵書きを脅迫する腕があれば立派に喰つて行ける他人に知らない穴があるや
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