といふことはあるには違ひないが、その環境なるものは何も固定的なものではないから、重要なのは、物語りめいた、伝記的な回顧録の中からは、今日の伊東深水氏を語るといふ手懸りは既に失つたといつても過言ではあるまい。ただこゝに伊東氏の少年時代の生活を形容する言葉として、「凄惨そのものの苦労をした――」といふ形容だけで足りると思はれる。ただこゝで最初に語らなければならないことは何故に伊東氏が人物画、もつと言ひ方を変へれば「風俗画」を自分の作風に選んだかといふことに関してである、何故氏が山水、花鳥の画家として登場しなかつたかといふことである。日本画壇には考へてみれば風俗画家と呼ばれる画家が至つて少ないのはどういふ原因であらうか、武者絵作者を、風俗画家の範疇に加へるといふことはこの場合差控へたい、歴史画家は厳密な意味では、風俗画家ではないのである。過去のものを考証によつて仕上げるといふこの歴史画家の作画上の方法には、生きた現在的な現実の証明の仕方は加はつてはゐない。その場合、それを描いてゐる人間が、現在の人間であつてもそれは問題とはならない。真個《ほんと》うの意味の風俗画家と呼ばれるべきものは、生きた
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