なものを彼等は知つてゐる
○…多くの画家が、その個人主義的な、自由主義的な態度で今は何のテクニックも残つてゐないのを気がつかないで何か他人の知らない技術をみつけようと躍起になるのとはちがふのである、福田はあれで、小品を描くと彼の人間的モロサを露出させ、大作にみる強い人間としての彼とは全くちがふものをそこにみいだす、それも無理もあるまい、彼は涙もろい東北出身である

    石崎光瑤小論

○…展覧会場になど立つと、よくもかうした愚かしい仕事に熱心になれるものだと、思はずその画家の顔をみたくなることがある、日本画の観方、いまではもうさういふものはない、事実一般の観衆は、色々の角度から、終に断案を下して、絵の前を過ぎ去つてしまふ、さうした恐ろしさの存在することを知らないのは画家ばかりである。
○…さうした恐ろしい観衆を控へてゐるなかで、石崎光瑤の作品の前では、一応その足をとめ、批評を沈黙のまゝですぎるだらう、何故なら、彼の殊に「牡丹」を描いた作品の美しさはどうだ、そしてこの作品には作者の精神の微妙な動き、揺曳があり、魂のささやきがある、人々はその魅力にうたれるのであらう。
○…光瑤は光淋[
前へ 次へ
全419ページ中397ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング