ると「小鳥の水浴び」などがそれだ、こゝは深い自然であり、人間の呼吸に驚ろかされない深い静寂な境地である、小鳥は何物にもおそれずにそこで姿態をつくりながら、嬉々として水浴をしてゐる、こゝまでこの創作に接近することができたのは、この作家が呼吸を凝らし、呼吸を止めることができるからだ、所詮この作家は静穏な愛の自然詩人といふことができるだらう

    福田豊四郎小論

○…新美術人協会はまだ第三回目だ、海のものとも山のものとも判らない、しかしこの団体は妙に人気があり、注目されてゐる、その原因那辺にありや――、この団体の主宰者福田と、吉岡堅二との人気がさうさせてゐるのだらうか、それもあるだらう、それよりも、福田と吉岡との制作態度の時代性が問題とならう
○…この二人位時代に対して臆病な作家は珍らしく、その臆病さがまた逆に時代に抗する強靱な作品を生むといふ珍現象をもたらすのである、見渡すところ、日本画壇では福田、吉岡位のろのろした存在はあるまい、他の連中のやうに速歩主義ではない、絵の勉強の仕方もまたちがつてゐる、この二人は時代の変転を見出さなければ、絵の技術を前進させない、こゝに時代と技術の不可欠
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