裸婦群像であると見てをります、従つて女の肉体的描写といふテクニックがこの作品の出来栄えを決定する性質の作品でせう、審査当日審査員間で論争のあつたのは、その個所であつたでせう、私は貴方の作品の支持者です、しかし今回の『三人の女』は発表されたものをみて、残念ながら支持できませんでした、何故なら、美術批評家といふ民間審査員として、あの作品は涙をのんで落選させてゐたでせうから、文部当局や、頭の硬い審査員の審査標準としての論点が、もし社会風教上とか、安寧秩序とか、道義的立場からとかいふことで、貴方の作品の入選反対者であるのであつたら、私はそれに与みしません、しかしもし芸術作品の審査といふデモクラシーに立つて見た場合に正統な理由の下に、入選反対をした審査員があつたとしたら、(それが誰であつたか知りませんが)この人に与みするでせう。
貴方の『三人の女』は入選しました、私はその作品をみて、内心驚ろいたのです、よくこの絵が入選したと――、洋画家は裸婦といふものに対して、それを性慾的にではなく、物質的解釈をするといふ訓練があるのです、日本画家の『三人の女』はそうした訓練を欠いた、過失作の一つと見るべきで
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