作意図といふものも、制作上の精力主義からきた現れにすぎなくて必ずしも反自由主義的作風とは断定できないものがある。
藤田嗣治氏の「千人針」また同様である、この絵からは批判的なものを少しも求めることができないが藤田氏が描く千人針に何の情熱も期待も覗はれない様にこの作の様に現実もまた凡作であるといふ意味で藤田氏の作は写実性がある、藤田氏や野間仁根氏の作品は腹の底からの自由主義者の作風といふものが感じられ、熊谷守一、坂本繁二郎氏等の芸術への絶対的な奉仕者を加へて、若い出品者にとつてこの団体はさう不自由な研究場所ではないのである、その点新興団体としての独立展などは、その新興的なる理由の下にも却て封建的要素が多く、尚自由主義的傾向へ転落する危険性も多分に含まれてゐる。岡田謙三氏、島崎鶏二氏の両作風は二科に於ける両極を示すものとして、画風の上ではなくイデオロギー上の反撥期は当然来るものと見なければならないが、そこまでに至る間に両者のよきヒューマニズムの協力が二科の若い作家達を勉強させるだらう。
横井礼一氏の「月と星」は二科に擡頭した新しい癌の証明であり、当然かゝる無反省な出品は何らかの型で拒否さ
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