家である。硫黄にけぶつた屋根の色がさつぱり出てゐない。
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二科展を評す
   前進性を示す諸作


 何といつても二科展では中堅どころの活躍が目立つ、岡田謙三氏の大作「つどひ」は氏の平素の小品の持ち味は失はれてゐた、この作者は物質感を出す力を全く喪失してゐる。単に画面をデティルと色彩の混沌美で処理してゆく方法はこれ以上前途がないことを自覚して良い筈だ、その点伊藤継郎氏は彼は形態を探る前に、先づ色彩上でリアリティを画風として確立したために、岡田氏より仕事は地味だが一歩前進してゐる、伊藤氏の「鳩を配した裸婦」など凄涼の写実味を帯てゐる、北川民治氏の「メキシコ、タスコの祭日」其他の作品は特に驚かせるほどのものではなかつた。
 その画風が庶民的でも階級的でもなく、単に人間性一般を語る作者であるといふことは、画面の人物のどの顔も類型的であるのをみても判る、多少の異国主義が北川氏に日本画家にしては珍しい作品を描かせてゐるにすぎない。帰朝後の「瀬戸工場」では氏は異国主義をふりまくわけにはいかないから、彼もまた風俗は一日画家に帰りつゝあることを証明し
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