『神社裏』は神社といふ痲痺的な存在の裏に、庶民的な貧しい人間の小屋があるといふ適確な社会意識がでゝゐて優れてゐた『子を抱いてゐる海女』と海の薄明の下に働く女が子を抱いて歩るいてゐる哀愁感は充分画面に出てゐる。
 この種のものにはこの人は独特な創意性がある。
△恩地孝四郎氏――『海』海女の居ない方の小さな二枚の海は優れてゐる、若しこの調子の油を描き得たら面白さうだと思ふ。
△彫刻では――阿部進六氏の『少女の首』柳原義造氏の『立像』福沢正実氏の『モンノンクル』など私を注意させたきりで、彫刻工芸は私は良く判らないから書かない。

    ルオーに就て

 ルオーの公開数点はだめになつた、或る画家は国展はつまらないが、ルオーがあるから見に行くなどと公言したが大変な不心得だ、ルオーの良さが判つたら国展の良さが判る筈である、国展を真に悪くいふことの出来る人であつたら正確にルオーを悪くいへる筈である、なぜこんな謎のやうなことをいふか、簡潔に言へば、日本の洋画壇を沈滞させてゐるものは、ルオー的な現象主義的な観方が画家全般を掩つてゐるからである、国展的なリアリストは観念の硬さに閉ぢこもつて、ルオーを何か
前へ 次へ
全419ページ中333ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング