る。
△浦久保義信氏――絵の出来不出来を論ずるより、この絵とこの作者の運命的なものがどう変つてゆくか興味がある(これは美術評ではない)さほどに問題作であるといふ意味で宿命的な価値がある。仕事が今年は丹念になつてきたのでいゝ『孔雀』がいゝだらう、テーマはこの作者のものは総じて弱い。
△島居敏氏――ろばに乗る少年の図の素朴性は素朴でない連中の中では値打で[#「で」に「ママ」の表記]ある、芸術と素朴、何にやら島居氏にではなく他の連中の創作画態度の上に素朴といふ問題が残つてゐようではないか。
△佐藤九二男氏――『温泉』大胆な表現をどこまでも追究してゆかうといふ態度は、賛成である。あゝした表現でより効果をあげるかどうか更に自己を賭けてみたらいゝ。
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春陽会と国展
   ルオーの描写力の事など

    二つの会に就て

 展覧会や絵画団体とそこに出品してゐる作家との従属関係位、デリケートなものはない、斯ういふ作家を、こんな団体に所属させてをくことは惜しいと思ふことが随分ある、この作家をもつと進歩的なグループの中に住はせて、他の勉強家達をセリ合は
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