つづけることが意味がないといふことを私が忠告してゐるだけである。
『ヱコルド東京』の若いグループの中では、麻生君や、安孫子君は私の好きな画家であり、作品も個性的であるといふ意味で支持したいが、正直なところこの二人の画家にも来年の仕事は保証が出来ないのである。若い年代に良い絵を描くことは、生理的にも当然なことで、三十を過ぎて行き詰つてゐる画家を訪ねて二十代の絵を見せて貰つてみたまへ、かならず二十代にはいゝ絵を描いてゐるにきまつてゐる、それが奇妙に三十をすぎると言ひ合したやうに洋画でも、日本画でも行き詰る人が多い、人間の生活に時間が加はるとその人間の価値がだんだん下落してゆくといふことは、世間一般の生活人には案外に少ない位で、却つて芸術家の場合が多いのだ、年輩になると人間が出来てくるといふことは、世間一般に言はれてゐることで、感情的な仕事に携つてゐない通俗社会人でも、そのことがある。何かしら人柄の穏やかな、好ましい庶民的タイプといふものが、画家ではアンリー・ルッソーの描く人物のやうな人物がある、別に芸術をやるわけではないが人間そのものが芸術品のやうな人物がゐる、ところが年をとるとともにその
前へ
次へ
全419ページ中291ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング