問がでたわけだらう、その造形的なものの臭味をこそ脱けたいばつかりに僕はこれまで絵の上では苦心してきたのである。
 そして私はこの質問者にぶつきら棒に答へた『もし造形性を無視して、僕のやうな絵が描けたらお目にかゝりたいですよ――』と実際に私は本職の洋画家の人よりも、最近では沢山画を書いてゐるのだし、素描もかなりたまつた。いつぺん吐き出してしまひたい心で個展をやつただけであつた。洋画家諸君にとつては私の絵は問題の提出的になつたやうだし、忠実に観てくれた。そして謙遜な画家は素直に、この絵の実感はどうして出したのかと質問してくれたので、私は出来るだけ判り易い言葉で、その実感の出し方についての過程を説明したりした、絵の上では私は、素人も玄人もないと考へる、日本の洋画の発展が遅々としてゐるのは、現在の社会的環境に依ること勿論だが、それよりも各個の画家が同一の作画上の問題を、同一に協力的に解決しようとしないところに、発展が遅れる理由があると思ふ、おたがひに話し合つて技術上の交換などをやつたらいゝのだが、その自由主義がない、ヱゴイズムが何か個性的な画風を確立するかのやうに思ひちがひをして排他的である、
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