索的テーマを離れたものであるだけ成功とはいへない。『触手ある風景』は絵かきを驚ろかすことができるが文学者には首をひねらす絵である。
第九室
伊藤簾[#「伊藤簾」に傍点] 「雨霽」(熊野川)「静物」 この絵には良く人柄がでゝゐるし、すでに心境的作家に入つた絵である。心境的になるといふことが良いことであるか悪いことであるか性急に決めることができないが、若し心境的といふことが仕事の上の早老であるとすれば問題である。
第十室
須田金太郎[#「須田金太郎」に傍点] 「水浴」「少女」この人からは近代人の古典画作りといふ感がした。この感は遺作を列べてゐる三岸好太郎の諸作にも同様のことが言へる。三岸の場合は須田より年齢的に若いだけに一層その感が適用されるだらう。したがつて三岸の「人物」画よりも三岸らしい才能を発揮したものはシュルな貝殻や海へ傾けた近代人としての神経の細かなケイレンの感の美しさがある。
須田の場合は同じ古典画作りとしても、須田式な現実感があり、能動的な虚無主義者として躍如としてゐる。須田の絵からは一つの寂漠感と現実の否定的とを引きだすことができる。須田の絵の
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