馬鹿々々しい。上野山に就いて彼の芸術を語るといふ親切さを画家仲間からきかない。もつとも一人の人物の『芸術』を語るといふことは『苦しい仕事』であるしゴシップを語るといふことは、『愉快なこと』であるから、上野山のゴシップ的面を語つて、上野山の芸術が判つたと気が済んでゐることも良からう。だが私の芸術上の潔癖性はそれをさせない。上野山の作品に対しても、良いか悪いか決めてかゝりたい。
 上野山が大臣を描くといふこと、鼠よりも柔和なライオンを描くといふこと、これらの愚劣に属する仕事の攻撃手は多い。だが彼の本質的な仕事『小品』には人々が触れたが分[#「分」に「ママ」の注記]らない。私は特権階級に対して全く非妥協的であつたクルーベと大臣の顔を平然として描く、上野山と比較しようとするのではないが、上野山が大臣の金モールを透して、如何に大臣を人間的肉体的に描かうと努力してもそれは無駄なことゝ思ふ。
 彼の画壇的生活には、大臣を描く社会性と、魚を描く芸術性との不一致があり、この二つの矛盾は近来彼の仕事の上で益々開きができてきた。まもなく彼はどつちかに決めざるを得ないだらう。大臣の顔を鰯やヒラメやカナガシラそ
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