査員が一人でも無かつたら画壇のために幸である。
かゝる展覧会、審査員を目標として年に一二回の展覧会のために精根を尽くすといふことは、おそらく馬鹿々々しいことの限りである。画家の制作上の連続性といふことは相当尊重されてよい、今年の展覧会から、来年の展覧会までの時間的充実が画家として恥ぢるところがなかつたら何をか言はんやである。
個展時代の招来
然し今日の如き全く展覧会が社会的意義を喪失してゐるのに、更に期待を続けてゐる画家があつたとすれば、そのことが既に画家の心理的空白を立証するものである。彼のスケッチブックが真白であると同様に彼の生活もまたまつ白な頁である。画家はまた斯う弁解するであらう、絵かきといふものはさう連続的に絵ができるものではない。思索の時間も女に惚れる時間も、酒をのむ時間も、猥談をする時間もまた意義があり、新しい衝動へ移るには少くとも時間が必要であると、その弁解もよからう。では君は今朝起きて顔を洗つたそして昼となり、夜となつた、そこで君は今日一日から如何に「新しい」と名づけられる創作衝動を画布の上に描くことができたか――いや少し待つてくれ、今日は駄目だつた明
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