い。
浅野駒吉君『旭農場』草と樹木のもつ魅惑がでゝゐて好きだが余り硬化せずに色調などもつと自由な境地にゐて欲しい、『ダリア』の方はこなれてゐない。
もつと他の諸君の作も批評したいが紙面の都合で次の機会に譲つて貰ふ。真剣なのが何より喜ばしい。希望を述べれば師範の美術部はおたがひに感化され易い傾向があるやうで、もつと各自の画境を勝手な進路でひらくべきだと思ふ、この点では現在の処頗る乱雑な嫌ひがあるが、旭中の画会は各独自的で、この点ではいゝと思ふ。兎に角もつと自由に精進して欲しい佐藤君辺りの影響が各人の種々の形式に侵入されてゐるのは考へ物だ。
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洋画壇時評
美術批評家に思索力なし
『洋画壇時評』と銘打つての時評であるが、幸ひなことには私は全くの画に就いては素人であるといふことである。日本画の作者達は、美術批評家達を指して『職人』と呼んでゐるさうであるが、それは非常に適当した良い呼び方である。絵かきの中にも看板絵書き、職人的絵書きと呼ばれる、事物の描き方が世俗的な常識的世界を一歩も出ない人々が少くないこれらの職人的画家達の批評
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