望や深水の年齢を数へて、その若いことに気づいたならば現在希望や深水がどのやうな実験的な仕事をしようが、風景画家といふレッテルをかなぐりすてゝ美人画を突然に描き始めたところで少しも驚ろくにはあたらない、そこの関係は希望と深水とは反対の現象が現はれてゐる、深水に於いては、その美人画家であることを保留して、現在花鳥、風景の研究に精を出してゐるに対して、希望は風景、花鳥画家であることを保留して人物画美人画の世界を探究してゐるのである。
しかしこの二人に対しては余分な心配はいらないやうだ、美人画家希望――風景画家深水――とは決して生れかはることはあるまい、結局に於いて従来の仕事を基礎において、そこに綜合的な製作を行ふだけだらう、さうした計画は、画家として正しいやうである。風景画家が、急に美人画を描きだしたら、たしかにお可笑い、しかし風景の中の美人を描くには、美人を描く機会も、画家としてつくらなければならない、我々はさうした観点から、長い眼でさうした計画をみてゐたい、せつかちな画商的評価を、画家の製作態度の変化に与へることは大いに避くべきだと思ふ。
希望の風景の色感を、或る人は評して汚ないとい
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