まいかといふ意味での問ひ方をしてゐるのではなく、この二人の仕事の違ひ方を問題にしてゐるのである、福田平八郎氏の仕事の系統は、その鶴とか、鯉、鮎、牡丹、といふ風に画題の選択に於いて、全く造形的分野のもの以外に出てゐないのである、テーマ芸術へ行かずに、絵画的造形性に執着してきたといふことが、何よりも福田平八郎氏の特徴であり、またこの点に立つて福田氏を論じて行かなければ、この人の仕事を理解するといふ鍵は発見できないのである。風景も、人物も、また仏画、武者絵もまた決して絵画的造形性を失つて成り立つものではない、しかし素朴な意味に於いて、それが仕事の上に於いて完成された場合に決して単なる素朴でないところの造形的なテーマといふものは鯉を一生描きつづけること、茄子や柿の形をせつせと追求してゆくといふところにも尚且つ、物質の探究といふ精神的労作があるのである、福田氏はさういふ意味で造形性への執着探究に於いて、稀にみる厳格な態度をもつてゐる作家といふことができる、福田氏の人気の拠りどころはかうした平凡なテーマのものを、清新な雰囲気に描き得てゐるといふ点にある、しかしてこれらの一般大衆の評価は、清新な雰囲
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