良い作品が残るといふことになるのである。神泉の制作態度のネバリ方は、かなり個人主義的なものであるに拘はらずその出来た作品が決して個人主義的ではなくて、いろいろと画壇に問題を提出してゐるといふことは、そこに神泉の仕事のしぶりの面白さがあるのである。
『誰のために描いてゐるか――』といふ質問をすべての画家に発してみたいものである。そして徳岡神泉氏へも一質問を試みたらどうであるか、画商のためにか、或は日本美術の世界的発展の為めと大きく出るか、或は妻子の幸福のためといふ子孫永続の立場にたつか、金が欲しいためにか、世間的栄誉を目指してか、行きがゝり上描いてゐるか、あの男に負けるのが忌々しいからと、小さな個人的勝敗心理からか、かう数へあげればきりがない。神泉氏に対して、『貴方は誰のために描いてゐますか――』といふ質問を発した場合に、彼は何事も答へないであらう。そして黙々と牡丹や蓮ばかり描いてすごすだらう。たまたま一党派の主脳者となつたために、後進、部下のためにも、勉強ぶりをみせなければならない立場に立ち到つてゐる画家も世間にはある。そしてその主脳者は、相当に自分の実力以上に無理な仕事をして主脳的位
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