圧倒するものがある。

    附言

 最も新しい方向を辿る洋画グループとしての独立展のその進歩性に就いて現在のやり方は相当問題がある。一応審査員があつて、作品を採り、また沢山の作品を落してゐる以上、会そのものの責任の限界を何時の場合でもはつきりしてをく必要がある。賞の出し方の無方針極まるやり方や、毎回厳選主張を標示しながら、厳選、厳選をいつも会全体でなく、個人にもつてゆくやり方は会を全体的に進歩せしめることが出来ないだらう。出品者達は血の出るやうなせり合ひをたがひにやつてゐるに反して、会員諸君が案外心境的に馴れ合つてゐるのではないだらうか。会員同志でも、もつとせり合ふやうでなくては、活気ある独立展を見ることはできまいし、第一現状の儘では後進が可哀さうだ。
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商業資本と日本画家の良心
   三越日本画展を観て


 日本画と洋画との社会的地位の相違、かなりデリケートな立場にある。しかし洋画の畠は残念ながら商品化の世界に登場するほど未だ大人になつてゐない。洋画が商品化されてゐないといふ理由は、商品的な値打がないといふ問題とまた別個に、日本の長い伝統の中に一般民衆の美術に関する認識へ添はないといふ大きな問題を含んでゐる。だがこゝでは洋画に就いての問題はさし置いて、日本画に就いて述べてみたい。
 殊に旧臘一日から八日まで三越四階西館で催された『三越日本画大展覧会』をみて、その主催が純然たる商業資本の下に行はれ、総ての規模、計画が商業資本に依存されてゐるのをみて一そう此の問題を取り上げる理由もはつきりして来る。
 日本画が芸術的な価値を主張しながら如何なる姿で商業資本と握手する事が今後可能であるかといふことは興味ある問題である。殊に之等のデパートと別個に一応純芸術の発表機関が他に存在してゐる今日、当然二つの間に開きが今後現はれるか、それとも顧客本位のいはゆる売絵の芸術性と無選択に一緒になるかどうかといふ今後現はれる所の現象等は一応検討の必要があるだらう。
 僕の考へる所に依れば商人と職人との関係がどうも起きさうに思へてならない。こゝでは価格の高い、安いは何ら理由にならなくて、下駄職人が新品をデパートに持ちこみそれが委托の形式でウィンドに並び一定の時期が来て売れないものは返品するといふデパートの資本要らずの返品主義とどの様な違ひがあるだらう。今度の展覧会をみたが、堂々たるもので、龍子、関雪、翠雲、大観の錚々たるところを筆頭に大体に於て画壇で社会的地位を代表した画家を並べ、またどういふ縁故関係かおそろしく無名な画家も四、五を添へ先づ見た眼は相当な粒揃ひであつた。作品の出来も僕は小品揃ひではあるが大体に良心的なものが多かつたやうに思ふ。
 商人といふものは専門家でないやうでゐて、それが専門絵画に関する専門的な見方、どれが良いとか、どの画家を選ぶべきかといふ事は他が考へるやうに無鑑識なものではない。それは商人の特質ともいふべきものであつて、より多く儲かる商品をより高く売り得る商品を発見するといふ才能は芸術専門を以て自任してゐる専門家よりもその職業が一そう敏感な働きをもつものである。だから商人の商品価値の眼識をもつて芸術家の芸術価値へ眼鏡を与へる場合、相当な眼識をもつて芸術家の芸術性の殆んどのパーセンテージを知る事が出来るのである。試みに一人の専門に洋傘を製造してゐる職人、或は皮革製品の専門職人と、デパートのその売場専門の係員へと専門商品に就いて討論さしてみたまへ。おそらく専門職人が知らない種々な知識をもつてゐるといふ事を知るだらう。それと同様にこの種の三越日本画展は早晩専門職人以上の美術鑑賞をデパートに与へるやうになる事はハッキリしてゐる。結局画家諸君が自分の作品を持ち込み、展覧会をひらきそれを繰り返す過程にすつかり商人教育が成り立つであらうといふ事は明らかである。
 そこで何故僕は専門画家以上に日本画についての一般眼識が商業資本家に握られるかといふ事を考へてみよう。
 それは解り易く言へば美術品が商品化の世界へ手渡された瞬間に、美術家は下駄製造職人と何ら変らないところの職人性へ立場を置かざるを得なくなるからである。悲しいかな美術家の特殊性といふものはその作り上げるものゝ特殊性である。そして自分の労働の生産品をよくしよう、発展させようとすればする程、その方法として専門化してゆかなければならない。それが勢ひ特殊な労働といふものは特別な画家といふ他と違つた専門的な立場へ自分を置くようになる。
 その労働の専門化、限定性といふものがとりも直さず職人性と呼んでよいものである。たゞ下駄職人と美術家と違ふ点は下駄職人は自分の拵らへるものに一つの美を発見するといふことはあるだらう。だが正義観、道徳観で下
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