駄を作つてゐるやうな馬鹿者はゐないだらう。それは商品の為の商品でありいはゆる職人である。だが画家の場合は、下駄職人と違ふ点は、善と正義観といふ道徳的な意識が余計に加へられてゐるといふ意味に於て下駄職人と一緒に出来ない。
 だがもし下駄同様作品の美のみ追求して正義観や善を作品の世界へ主張する事が出来なくなつた場合は、デパートの一般商品と同じ立場になる。おそろしいのは商品性である。
 デパート展の方針は明らかに善や芸術家の正義感を売る事を考慮に入れてゐない。そこでは良心的な美術鑑賞家を目標にするのではなくて他の商品の顧客者をその儘美術品へ移してゆけば、デパートの目的はそれで充分なのである。そして漸次的に自分の作品が売れて欲しいといふやうな追従心がます/\画家の作品へ濃く現はれざるを得ないではないか。しかもこの商品としての美術品は画商の世界に於てもすでに芸術品を商品的な侮辱の下に扱はれてゐるといふ事はハッキリしてゐるので、いかに手間をかけたかといふ事つまり労働力をだすその時間的な長さも既に商品的な価値の部分へ繰り込まれてゐる。その証拠には某大画伯の水墨の竹、それは非常にあつさり画かれたものではあるが、もう葉が一枚画面の空間に描かれてあればこの絵は百円違つたのだがと画商をして平然と言はしめてゐる。つまり労働の量、葉を一枚多く画いたか否かといふ事が商品的価値の上に大きな作用を生じさせてゐる。そこで心得た画家は弐百円の竹、五百円の竹、千円の竹といふ事の価格的な価値を手間賃に換算して或る時は筆を入れ、或る時は筆をぬき、時にはおそろしく密画を画くことも心得てゐる。これなどは明らかにハッキリとした芸術品の手間賃だと言へるだらう。その場合その絵画の価値といふものは金銭といふ形式などに於て定められてくる。しかも芸術家の人知れない苦心などゝいふものは商人にとつては関心事ではない。特殊な技術性も認められずたゞ商人の頭の考への中には金銭的、数字的思索を発達させるだけである。芸術家の唯一の誇ともいふべき所の絵画への真、善、美なるものは全くその基準を失つてゐる状態である。今回の三越日本画大展覧会の中の絵を例としてみてもハッキリしてゐる。例へば横山大観先生、二尺五寸幅横物『月明』と題するものをみても明瞭である。横山大観が何故いはゆる大観王国を形成するほど勢力があるか。彼の画壇的政治工策の事はおいて、さてあの無数の展覧会の出品の中に人間を離れた一個の芸術品として、総ての他の画家の作品と肩を並べて位置し観賞してみるがよい。大観といふハンディキャップなしに周囲のものと較べてみたらよい。残念ながら『光つてゐる』だがその光り方が一つの問題である。画壇人の中でも大観の作品に何らかの威圧を感じてゐる人もあるだらう。或ひは一顧の価値をも認めないと広言し得る者もあるだらう。さてしからば具体的にその理由を語つてみよと言つた時にはおそらく説明ができないだらう。以上は同業画壇人への言葉である。
 次にかゝる絵の専門家ではなくいはゆる絵の筆法や色彩に良心的な観察などを働かす余地のない、いはゆる単純にみて感動し、単純に誹謗する一般の人々はどうか。こゝで僕はすべての一般人が大観の絵に非常に感動させられてゐるとはつきり言ふ事が出来る。そして何故一般人に大観の絵が何故よいかといふ質問を発した場合に絵かきに問ひを発した場合よりハッキリと『解らない、たゞ何となくよい』と答へるだらう。そこに大衆に支持される理由があり、ここに商品的価値を高めさしてゐる原因もある。大観の『月明』は松の描写が稚拙といふよりも粗雑に類する描き方であつた。それは先を切つたちび筆で描いたやうなボキ/\した枝や葉の描写で何ら松の木のリアリティを捉へたものではない。そしてたゞ影絵のやうな黒い松林の地に月の反射を受けた軟い白い波がひた/\と打ち寄せてゐる。空には白い月が大観一流の暈しで円くかゝつてゐる。松の描写は粗雑である。だが光に対する感度の高さは僅かなスペースに非常な感動をそゝるやうな仕組に描かれてゐる。その描き方のコツの良さは第一に一般人の程度の低い感傷さを生理的に捉へてしまふ。言葉をかへれば大観の普遍性を捉へる歳の劫を経た力量が隠されてゐるのだ。それは長い年月迷ひぬき、苦みぬいた揚句の通俗性への勝利である。そしてこの種の解り易く、野心の内面的であつて表面的でない絵はよく売れるのである。それに較べて例へば小松均先生の『氷見鰤』は二尺五寸横物に殆んど画面一ぱいに逞ましい胴太の鰤を無雑作に転がして描いた絵これなどは画面の位置を考慮するでもなし大衆の感傷性を上手に捉へる色彩を選ぶでもなし、全く非妥協的な描き方のものである。鬼才小松均先生の芸術的な良心はこゝでは商品化の資格を失つてゐるのだ。
 之程にも一つは売れる要素を具へ、一つは売
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