ら、いつの場合にも、同じ条件の下には同じやうな線が現れるのに不思議はないと云つて仕舞へばそれ迄ですが、全く別箇の此の絵と写真とで、斯く迄一致してゐることは面白く思はれます――』と述べてゐる。実際の水の動きの写真と描いた絵とがぴつたり一致したといふことは、悪写実の世界から言へば、物と絵との悪どい似方といふものも珍らしくない、しかしこゝでの福田氏の漣と実際の漣との相似点は、悪写実といふ固定した制作方法の上に立つての似方ではなく、むしろその反対の最も非固定的な、自由な形式の上での自然物と創作品との一致を見たのである。
 然も内田博士はさすがに科学者らしく、自然の漣からも福田氏の漣からも、最も重要な一つの事実を指摘することを忘れなかつた。然もこの博士の指摘はとりも直さず画家福田平八郎の本質をはつきりと語つてゐるし、この作者の創作手段解明の鍵ともなるのである、それは博士が『漣の一部に統一を破つた、複雑な線の現はれてゐる所が見られますが、絵にも写真にも、やはり全く、同様に現はれてゐます云々』といふ言葉である。
 自然観察の妙は、実はこの点にかゝつてゐるのである、福田平八郎といふ作家の描くものに、清新さを失はぬ理由は実は、さうした、或る一部に統一を破つて複雑なもの――を、画面に感ずるからである、福田氏の作品は殆んど無構図主義だと思はせるほどに画面のはまり所を考へないやうな大まかな構図のとり方をしてゐる作品が多い、しかし出来上つた絵はぴつたりと画面にはまつてゐて、何ら構図上の欠点といふものが現はれてゐない、それはどういふ訳か、それは観賞者の視覚的焦点を、構図にもつてゆかさず色彩に分割してしまふからである、そして構図は最も効果的には、線の連絡の変化をつける事によつて、画面上を動的なものとしてゐる、福田氏の線と線との連繋は、実は非常な細心な態度で、その連繋を意義づけてゐる、『漣』に於いて観賞者の観[#「観」に「ママ」の注記]覚をさんざんもち運ばされるやうに、福田氏の作品に含まれた作者の計画性は、生理的効果にまで高めようとする野望が潜まれてゐるのである、数箇の果実をならべたものにせよ、数匹の鯉を配列したものにせよ、その配列には『或る一部に統一を破つた複雑なもの――』を方法として、かならず加へてゐるといふことは少しく注意すればすぐ理解できると思ふ、つまり福田平八郎氏は『線の発展の画家』なのである。
 同時に問題となるのは、その色彩であらう、この福田氏の方法といふのは、色彩の徹底的な突離しと、手元への引寄せともいふべきもので、制作過程にがらりがらりと色を変へてしまふピカソのやり方と一致してゐるのである、ピカソと異る点は、福田氏の色の美は、色彩の平面的変化、色彩の配列的な変化を顧慮してゐる点で、西洋のピカソはその点で立体的に度胸よく色を変へてしまふ。
 福田氏の作品で色彩の濃厚な出来栄へのものには、総じて平面的変化でない、立体的な生々しい物質感がでたものが多く、この質的昂揚に接するとき、若い時代的な画学生は、また一人前の画家も、福田氏の仕事の研究的対象となることを痛感するのである。
 福田氏の最近の作品ではその色彩の淡い物に、色のマンネリズムに陥つたものも少くない、また同時に氏の作品の特徴として、その作品が総じて図様化されたものが多く、この模様のやうな方法が度がすぎた場合は迫力にとぼしく、質感もまた形の制約性の中に閉ぢこめられて、生々しい所謂清新なる色彩はでゝゐない。
 福田氏は一言にしていへば、氏一流の物の発展の原理を自覚してゐることで、色彩に思ひがけない偶然的な変化を与へる手段も心得てゐれば、線の変化連絡によつて、第三者の視覚を自由に操縦するテクニックももつてゐて、本人は理屈といふものを非常に嫌悪してゐるらしいが、福田平八郎氏ほど理屈つぽい絵を描く作家は他に見受けられないといつてもいゝであらう。
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川村曼舟論


 川村曼舟氏を論ずる場合には、氏の最近の仕事だけを観て、かれこれ言ふことは不可能である、殊に一般的には川村曼舟氏の最近の仕事を『硬化状態にあるもの』と観察してゐる向が多いやうである、愉快なことには、この『硬化状態』を本人自身それをちやんと知つてゐることである、時世の動きの中にをかれたこの老大家は、自分の作風がどの程度に硬ばつてゐるかといふことをちやんと知つてゐる、これは筆者が直接本人川村氏の口から聞いたことであるから間違ひはない、同時に氏の口からもう一つの最も示唆に富んだ言葉を聞くことができた、川村曼舟の心内の状態をそこで筆者は知ることができたのである。
 これに就いては後の方で氏が自分の仕事に就いてどういふことを考へまた、将来の方向に就いて何を目標としてゐるかといふことを漸次語つて行かう
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