追求をするのであつたら、放庵は未醒に還らなければならない。現在の放庵はさうではない。非現実的世界を求めて、未醒と袂別した放庵の絵画上の手段方法は、その非現実な美の頂天に到達して、現実性を見るものに与へなければならない。更にこゝに放庵は「胡馬」の前脚に封じこめた未醒を、魔法を解いて解放してやるといふことも考へられる。同時に私は放庵はあの不思議な紙「放庵麻紙」ともあつさりと袂別して、彼のあらゆる規律と、形式とからの解放と自由とをもつて、真のなまなましい人間放庵の仕事をみせて欲しいやうにも思ふ。放庵麻紙を捨てよ、といふ私の忠告は色々の正統な解釈と、誤解とを生むかも知れない。しかし人々は安心しなければならない。この不思議な紙に捉はれてゐる彼がその紙を捨てたからといつて、彼が第三流の画家になるとは思へないからである。私のこの注文は放庵の脱皮を希望しての一つの利の提言なので、私のこの提言は一つの科学的根拠に立つた考へから出発したものだといふことを信じてゐるものである。
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福田平八郎論


 福田平八郎氏と堂本印象氏の、これまでの画壇的な経歴といふものを比較してみると、そこに対蹠的な興味を湧かすことができる、それは印象氏、平八郎氏の、初期の時代に、そゞろに画業の覇をきそつたことを想ひ起こすことができるからである。そして現在二人はどういふ画壇的位置、画風、を示してゐるかといふことを考へてみよう、帝展が最初に発見した新人は第二回『静夜聞香』中村大三郎氏、第三回『調鞠図』堂本印象氏、同第三回『鯉』福田平八郎氏のそれであつた、この三人は文展時代何回か鑑別されつづけて帝展になつて初めて抜擢されたといふ、同じ特徴をもつてゐたことだ。大正十一年の第四回には、推薦『阿梨母帝』堂本印象氏、推薦『鶴』福田平八郎氏、特選『燈籠のおとど』中村大三郎氏、特選『秋二題』水田硯山氏、といふ選ばれ方である。この印象、平八郎に、いま大三郎を加へて、現在の画業の足跡をそれぞれ顧みるとき、何か肯かれるものがあるのである。この作者達の仕事ぶりの開きはかなりに現在では大きい、そしてその初期の出発に於いてこの三人が、何か特異な距離を既に当時に於いて示してゐたわけである。いま堂本印象氏は寺院壁画其他に全幅の精力を傾注してゐる、そして中村大三郎氏は人物を主体としたテーマ芸術に立脚してゐるのである、そして福田平八郎氏は現在どのやうな仕事をしてゐるであらうか、彼は依然として鯉を描く情熱は衰へてゐないし、これまで彼が手にかけてきた画題雪でも鶴でも、『朝顔』『菊』『茄子』等々と過去の画題を引きずり出してきて、何べんも描く情熱があるのである。この点に、印象、大三郎氏等とは異つて平八郎的立場があるのである。つまり彼は何度でも同じものを蒸し返すことができるのであるし、また彼の足跡はさうした蒸し返し(画題的には)によつて現在に到つてゐるのである。
 印象氏の仏画的な画業は、画業であると共に、事業でもある、それは絵画の果し得る一つの宗教的任務を、印象氏は果しつゝあるので、さういふ意味では印象氏は非常に社会的な、また政治性を加味した動きをしてゐるわけである。印象氏は最も公衆術を描いてゐるといふ意味で、社会的意義をもつてゐるわけである。
 こゝで平八郎氏の仕事ぶりを、堂本印象氏の仕事ぶりと較べてみるときは、全くその性質を異にしてゐる、世間的評価の印象、平八郎の相違点もまたその仕事の態度の相違点に拠つて決定されてゐるといふことができるだらう。こゝでは評価をこの二人のどちらが絵がうまいかといふ意味での問ひ方をしてゐるのではなく、この二人の仕事の違ひ方を問題にしてゐるのである、福田平八郎氏の仕事の系統は、その鶴とか、鯉、鮎、牡丹、といふ風に画題の選択に於いて、全く造形的分野のもの以外に出てゐないのである、テーマ芸術へ行かずに、絵画的造形性に執着してきたといふことが、何よりも福田平八郎氏の特徴であり、またこの点に立つて福田氏を論じて行かなければ、この人の仕事を理解するといふ鍵は発見できないのである。風景も、人物も、また仏画、武者絵もまた決して絵画的造形性を失つて成り立つものではない、しかし素朴な意味に於いて、それが仕事の上に於いて完成された場合に決して単なる素朴でないところの造形的なテーマといふものは鯉を一生描きつづけること、茄子や柿の形をせつせと追求してゆくといふところにも尚且つ、物質の探究といふ精神的労作があるのである、福田氏はさういふ意味で造形性への執着探究に於いて、稀にみる厳格な態度をもつてゐる作家といふことができる、福田氏の人気の拠りどころはかうした平凡なテーマのものを、清新な雰囲気に描き得てゐるといふ点にある、しかしてこれらの一般大衆の評価は、清新な雰囲
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