考へてみた場合に、全くの寡作主義者で市価が上り、人気が上つた作者があつたためしがない。あつたとしてもそれは特殊の場合であらう。商品としての作品はその市価をある動きのない状態にをくといふことだけでも、ある数量が必要とされるだらう。つまり同一作家の作品でも、庫から出したり引つこめたり絶えずしてをくだけの数が描かれてゐなければ、市価も人気も出るものではないだらう。奥村土牛氏の場合にも、展観の出品遅参組の随一ではあるが、とにかくかなり作品を間に合せてゐるし、遅筆寡作とはいへない。むしろ現在のところその製作スピードは緩急よろしきを得てゐる。
そして金島桂華氏の場合はどうか、氏の場合には土牛氏以上に商品的数量を産出する力はもつてゐるし、また金島氏の過去の仕事の系統をみても、さうした実力をもつてゐる。それを作家の芸術的立場に立つて批判すれば製作能力の旺盛なものがあるのである。しかし土牛、桂華、神泉といつた作家が沢山展観物も所謂単なる商品的なものも産出してゐるに拘はらず、現象的にはさうは見えない。世間的には寡作者のやうに見える。その点に一つの問題点も隠れてゐる。
こないだ開かれた土牛、桂華二人展ほど、私の興味をひいたものがない、誰がどうしてこの二人を組み合したのか、それはあまりにぴつたりとした組み合せであり、また皮肉な組み合せのやうな感想も湧いたのである。土牛はその年来の画業に近来いよいよ滋味を加へてきてゐるが、一言で言へば、土牛は嫌々絵を描いてゐるのである、一個の柿を描くときその外劃線を引くときの心理的気倦るさ、これまで土牛は注文に応じて、何個の柿を描いてきたかは知らないが、果実店の三軒やそこらは開業できるほど、柿や其他の果実類の数量を描いてきたであらう。そしていまこゝへ来てたつた数個の果実を描いて八千円もの市価を産むところまで、職業的にもあきるほどに果実を突つき描いてきたであらう。そして柿を描くのにも。矢のやうな催促の中で、嫌々引いた幾本から線の交錯によつて、絵がやつとの思ひで注文者に間に合つたり、合はなかつたりする。しかし画業の難かしさまた真個《ほんと》うの意味での妙味は、実はさうした嫌々に線を引くところまできて始めて、仕事の出発があるともいへよう。
土牛はその線を嫌々引けば引くほど、その線が光彩あるものとして、また深い人間的味がその線に滲み出るのである。ところで桂華の場合はどうか。彼は土牛、桂華二人展でもよく対照されるやうに桂華の絵はその土牛とはちがつて娑婆気の加はつてゐるところに彼の作品の良さといふより問題点が展開されてゐる。土牛は嫌々だが、桂華はまだ仕事を楽しんでゐるし、ここに試みの多くをその作品に加へてゐる。桂華ほどの画壇的な地歩にあるものが、いまさらむき出しに技法上の試みを加へる必要があらうか、彼はいまでは画学生ではない。しかし、彼の心の中には画学生的な正直な部分がある。こないだの土牛、桂華二人展は、老画生土牛と、画学生桂華とのおそろしくくそ真面目な展覧会なのである。たゞこゝで問題なのは、この二人にはある共通的な通俗性があることである。この通俗的な部分が市価を招く、そしてこの二人のもつとも通俗的でない良心的な部分が市価を引き下ろさない――といふことになつてゐる。通俗的な部分は世俗的な智慧の働き場所であり、非通俗的な部分つまり芸術的な部分は反世俗的な智慧の働き場所である。そこでこの二人の智慧は非常に良く働き世俗的にも、非世俗的にも、完成されたものをもつた作家達である。この二人に特別な人気がある理由は、期してか期せずしてかこの二人がふたつの智慧に恵まれてゐるからである。
土牛や桂華の描くものは、神品といはれて殆んど無条件的に佳さを認められてゐる。この二人の場合の「人気」はその作品の中に含まれてゐる通俗性であり、「神品」なる理由は作品の芸術性にある。そして世間では往々にして土牛にせよ、桂華にせよ、これらの作者の二つの智慧の一面、半面だけを見て感想を述べてゐる場合が多い。絵に理解の浅い一般人は、その作品の通俗性の部分に感じ入り、そして専門家の画家は、その通俗性を発見せずに裏側から、芸術性をのみ認めて、これらの作家の仕事を肯定してゐる。
そしてその何れの批評の仕方も正しくない。土牛や桂華の作品を見る場合には、画面に現はれてゐる、この作家たちの二つの智慧を綜合的に見る必要がある。通俗人をも感心させ、芸術人をも感心させるといふことに就いてもうすこし考へてみる必要がある、それでは土牛や桂華が、自分自身でその「通俗性」を計画し、意図してゐるかどうかといふことになると、私は否と答へたい。この二人が「通俗性」を出すことを、絶えず心の中に計画して、これまで来るといふことは不可能事だからである。またこの二人がさうした意味の通俗人であつたなら、
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